サッカー女子の国内最高峰WEリーグで、ちふれASエルフェン埼玉のMF瀬野有希(28)が史上3人目の「ママさん選手」となった。3月下旬に第1子の男児を出産後、わずか約5カ月で試合復帰。その後も着実にプレータイムを積み増して、選手として、母として「第2章」のサッカー人生を歩んでいる。
8月23日の第3節・アウェーINAC神戸レオネッサ戦。後半30分から、途中交代でピッチに立った。2024年5月25日のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦以来、実に約1年3カ月ぶりだった。
「チームのX(旧ツイッター)を見て『こんなに出ていなかったんだ』って思って。まずは1歩目を踏み出せた」
お帰りなさい-。チームメートや監督、スタッフ、サポーターからの言葉が心に染みた。6日後の第4節・日テレ東京ヴェルディベレーザ戦でも途中出場し、今度は初シュートを放ってアピールした。今季目標に掲げる「スタメン復帰」に向けて、驚異的なスピードで復調している。
同リーグの「ママさん選手」は、千葉Lで活躍した大滝麻未さん、日テレ東京VのDF岩清水梓に続き、史上3人目だ。瀬野は22年2月に一般男性との結婚を発表。24年11月には妊娠を明らかにしていた。
女子サッカーでは長身の168センチを生かし、センターバックからボランチまで器用にこなせるユーティリティープレーヤー。一方、瀬野の中には「30歳までに子供がほしい。子供ができても、選手復帰してやりたい」というライフプランがあった。既にクラブ側にも相談していたという。
妊娠が分かったのは、昨秋の初め。膝の故障から、いよいよ復帰目前という時だった。
進展してきたとはいえ、まだまだ女子アスリートの現状を物語るように、最初はチームに言えなかった。「熱が下がらない」と説明していたが、安定期に入った後、打ち明けたという。
シーズン途中に新たな命を授かったことは「うれしかったと思うけど、すごく不安があって、あんまり喜べていなかった。『今?』みたいに言われちゃうんじゃないかって」。やはり葛藤はあった。
不安の反面、チームからの言葉は温かかった。「みんなから『第1子おめでとう』って言われて、その時に『めでたいことなんだ』って気付けた」。重くのしかかっていた肩の荷が下りた。
もちろん、出産、育児、試合復帰までの454日間は、決して平らな道ではなかった。
妊娠中もバイクマシンをこぎ、出産直後もストレッチを欠かさなかったが、当然のことながら、気付いた時には、体重が妊娠前に比べて14キロも増加していた。
おなかが膨らんだ影響で骨盤が後ろに沈み、反り腰の体勢になったことで、体幹の力の入れ方やバランスも崩れたという。
当初は「早く体重を落としたいのに動けないし、でもそんなに食べないわけにもいかないし」と焦った。救われたのは、国立スポーツ科学センター(JISS)のサポートプログラム。トレーニング指導、栄養やメンタルの管理など助言を受けながら、地道にアスリートとして復帰を目指してきた。
骨盤だけではなく、子を抱っこすることで巻き肩の傾向になるといった、体のバランスの変化への対策も必要だった。胎児の状態をチェックしながら、運動中の心拍数の上限なども指南してもらった。
また、チームの関係者から、ママさんフットボーラーの先輩である岩清水の子育てエピソードも伝え聞いた。2011年の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会を主力センターバックとして制した現役レジェンドでも「最初は睡眠時間も取れないし、サッカーのことなんか考えられなかった」と思っていたことを知って、プレッシャーも緩和された。
カムバックまで前途多難だったが、今では「本当に自分と向き合うきっかけになったし、いい機会だった」とプラスに捉えている。
グラウンドに戻ってきたのは今年5月。育児休暇を取得した夫、瀬野の両親に愛息の面倒を見てもらい、自身は午前中のチーム練習と午後からの自主練をこなして「高速復帰」を目指してきた。
長男の存在は、競技にも好影響をもたらしている。小学校1年からサッカーに打ち込んできたが「試合でうまくいかなかったりすると、イライラしたり、落ち込んだりする時間が結構あった」。しかし、母となった今は「疲れて帰って来ても、すごく笑顔になれる。息子の顔を見ると、安心する。最近はよく笑うようになって『疲れがぶっ飛ぶ』って、このことか、と思うぐらい癒やされている」と目を細める。
6日の第5節はホームにノジマステラ神奈川相模原を迎え撃つ。「好きなサッカーをやれて、帰ったら家族の幸せがあって」。そう語る背番号6は夢も最後に明かした。
「(息子に)プレーしているところは見せたいし、見てもらいたい。それが1つの目標で頑張れる理由。『あれがママ』って分かるぐらいまで、やりたい」
アスリートとして、親として。まだまだ舗装されていない道を、踏みならしていく。【泉光太郎】



