リオデジャネイロ・パラリンピックの競泳女子50メートル自由形(運動機能障害S5)で、成田真由美が5位入賞を果たした。39秒23のタイムは大会前の日本記録を0秒57も更新する日本新記録だった。驚いたのはそのタイムが、彼女が04年アテネ大会で1つ重いS4クラスで金メダルを取った時に出した世界記録に、100分の1秒差と迫るものだったことだ。
34歳だった12年前の成田に、46歳の成田が肩を並べたのである。7月に取材した時の彼女の言葉を思い出した。「タイムが伸びている私の姿を見てもらえれば、年齢なんて関係ないということは、言わなくても伝わります」。言葉通りのことをパラリンピックで見事に実現させたのだ。
96年アトランタ大会から4大会連続でパラリンピックに出場し、日本最多の15個の金メダルを獲得した別格の実力者。とはいえ08年北京大会後に第一線を退き、6年のブランクがある。ふつうの人であれば体力の衰えを感じる年齢。なぜ彼女は時計の針を巻き戻せるのだろうか。
取材して感じたのは、彼女の心の中には、年齢や限界の壁がないということだ。復帰後は練習の質も量も北京大会前よりも増やした。腕の力だけで1日3000~5000メートルも泳ぎ込む。猛練習に食べる量が追い付かず、174センチの身長で体重が52キロまで落ちたとも話していた。
「練習をしているからタイムが伸びるんです」の彼女の言葉がストレートに響いた。46歳だからすごいのではなく、練習しているからすごいのだ。だから彼女はパラリンピックで通算20個ものメダルを手にできたのだと納得した。
選手村では18歳の池愛里と同部屋で、10代の若い選手たちのよき相談相手になっていると伝え聞く。「若いパワーをもらっている」と成田は言うが、20年東京大会で飛躍が期待される若手にとって、20年以上も世界トップレベルで戦ってきた成田と同じ時間を共有できたことは、今後の競技生活の貴重な財産になるはずだ。
成田は20年東京大会の組織委員会の理事も務めている。試合後のコメントも会場の雰囲気などに言及することが多い。自分のレースに集中するだけではなく、開催都市の受け入れ態勢や、会場の環境を選手の立場でしっかりと見ているのだろう。その貴重な経験が20年にフィードバックされる。その意味でも成田が現役復帰した意義がある。【五輪・パラリンピック準備委員 首藤正徳】


