11年のオフ、楽天星野仙一監督(69=現球団副会長)の自宅に招かれた。「お前ら、どうせ普段、ろくに食事してないんだろ。古川も…あんなゲッソリした顔して…一緒に来いよ。栄養、取らんと」。
今になって思えば、楽天担当でコンビだった古川記者と不摂生な生活をしていた。東京から通っての取材だったが、ものぐさを地でいくB型。荷物のパッキングや移動がだんだん面倒くさくなり、いつの間にやら借りていたアパートに居座って、ほとんど家に帰っていなかった。古川記者は仙台在住で当時は独身。彼もまた、ものぐさだった。
ここは素直に、とおじゃました。鍋を用意してくれた。マンションの隣人も1人、2人と加わり、土鍋を囲んだ。野球の話題は一切なし。一期一会を満喫してよく笑った。好きな物を1つだけ挙げるなら、の問いに「人間」と答えたことがある星野監督。イーグルスの再建に多忙な時期だったが、純粋に「つかの間」を楽しみたかったのだと理解した。
満腹になり、おいとましようと立ち上がった。振り返ると仙台の夜景が広がっていた。鍋に集中していて気付かなかった。のんきに「いい見晴らしですねぇ」と言うと「お前、撃たれちゃうぞ。そんな油断してたら。アイツなら一発。ズキューンで終わりだ」と言われた。
大きな窓の下にローボードの本棚があった。大きくはない本がずらっと並んでいた。背表紙は「ゴルゴ13」。全巻そろっていた。完全無欠の狙撃手、デューク東郷の活躍を描いた名作。「マンガは基本的に読まないが、これは別だ。貸すから持っていっていいぞ」と言われた。
何で好きなんですか? 「その時の世界情勢をよく取材して描いている。勉強になる。それに、アイツは絶対に失敗しない。どんな状況でも一発で仕留める。余計な事を言わないのもいい」と力説された。古川記者は前職、主に東欧で仕事をしていた。言われてみれば、食事中も諸国の事情をよく尋ねていた。
好きな人間の中でも1人だけ挙げるなら、と問えば、確実に「デューク東郷」と答えるはずだ。パリッと着こなすオーダーのスーツ。ティアドロップ型サングラス。イタリアの傑作、ボルサリーノ製ハット。姿が重なる。コントロールの悪い投手を嫌い、無駄な四球を出すと烈火のごとく怒る。極限の世界で、手元が狂うなど許されない。
コンビニで「ゴルゴ13」の傑作選を見つけると星野監督を思い出してしまう。読破しているにも関わらずつい購入してしまう。空港の待ち時間でぼうっと外を見ていると「油断してると撃たれちゃうかな」とか考えて笑ってしまう。思い出にもいろいろな種類があるが、高尚じゃないこの手が案外、ずっと残るものだ。【宮下敬至】
◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍。


