史上初の延期をへて57年ぶりに行われた東京五輪の開幕から、23日で1年が経つ。柔道男子66キロ級金メダルの阿部一二三(24=パーク24)は、妹で女子52キロ級の詩(22=日体大)と初の兄妹同日優勝。インタビューで当時を回想し、自国開催で感じたこと、競技普及への意欲を語った。そして24年7月25日に幕を開けるパリ五輪でV2へ-。柔道初の4連覇を狙う闘いはまだ始まったばかりだ。

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「気付けば、もう1年ですか。ホントあっという間の感覚。早かったなぁと」

--あの日、阿部は神妙だった。21年7月25日。詩の涙の優勝を見届けた後、近代五輪125年の歴史で初の兄妹同日Vを遂げた。控えめだった。第一声は「このような状況で五輪が開催されて、たくさんの方々のおかげでたどり着いて。畳の上でガッツポーズとか笑顔でいいのかなと…」。

確かに大会前は逆風が吹き荒れた。「選手の間でも『発言しにくいね』と話していた」1年前。「毎日PCR検査を受けて。無観客でしたし、選手村で海外の選手と交流もできなかった」と粛々と本番に備えた。ただ、世論調査は大会後に逆転した。「やって良かった」が大勢を占めた。阿部も思う。「批判もありましたけど出場して良かった。そう言えます。暗い話題ばかりでしたけど、明るいニュースを届けて笑顔にできたのかな」。

金メダルはもちろん、過程が人生を変えた。自国開催が決まった13年は高校1年。自宅のテレビで見て「タイミング、完璧」と23歳で迎える自身に期待した。16年リオ五輪を逃した後の2年間は国際大会34連勝と無双。ところが。4歳上の丸山城志郎(ミキハウス)に直接対決で3連敗した。

一転、負ければ落選の崖っぷちに覚醒した。「負けを経験したことが大きかった。引いてしまう時がある課題が見えた。あのまま勝ち続けていたら成長はなかったかもしれない」。20年12月13日、日本初のワンマッチ。24分間の激闘。令和の巌流島決戦。五輪以上の緊迫感の代表決定戦を制した。東京大会が延期されたことで生まれた伝説でもあった。

「勝てたから良かったと言えますけど、あの試合で自信がつきました。気持ち的に強くなった。絶対に負けない自信が備わった」

7カ月後。東京五輪は「これまでに積み重ねてきたことが自信となり、緊張しなかった」。死線を越えた男は、順当に金色の輝きを放った。井上康生監督から「古賀稔彦さん以来のスーパースター」と柔道界の顔に指名され、プロ野球の始球式やテレビ出演など引っ張りだこの存在になった。

「やっぱり五輪の影響力はすごいなと思いました。知名度も上がった。世界選手権や他の国際大会とは全く違う。全くの別物」

それでも所属の先輩である男子60キロ級金メダルの高藤直寿からは「もっと一二三が前に出ていかないと」と自覚を促されている。実際、思うところもあった。

21年度の柔道人口は約12万2000人。全日本柔道連盟の会員登録者数は05年度以来16年ぶりに増えた。日本勢が東京五輪で史上最多9個の金メダルを取った影響と全柔連は分析する。

「でも、それほど増えたわけではない。海外の方が多い状況でもある」。下げ止まりも、確かに増加幅は約650人。総数も世界一のブラジルは推計で200万人と桁が違う。フランスも60万人と、差は大きい。

小学生に限れば、阿部が柔道を始めたころの04年は4万7512人いたが、昨年度は2万5636人と約46%も減った。「悲しいというか。もっと柔道は楽しいんだと伝えていかないといけない」危機感は募る。

全柔連は今年10回のオンライン教室を行うが、収まらないコロナ禍で直接の指導は難しい。歯がゆい。やはり阿部はトップ選手として勝利を追い求めていく。

先月に2日連続で触発されたこともきっかけだ。6日は6万人超が国立競技場を埋めたサッカー日本-ブラジル戦を観戦。7日は、親交の深いボクシング世界バンタム級3団体統一王者の井上尚弥とドネアとの3団体統一戦を見た。「あれだけの舞台で圧倒的に勝った姿は格好良かった。自分も柔道で圧倒的に勝ち続けていく」。

競技や選手が魅力的なら盛り上がる。ならば勝つ。国際大会26連勝中。まずは自己記録の35を目指し、伸ばしていく。「もっともっと発信して魅力を伝え、柔道をしていない子にも僕たちのことを知ってもらったり、勝ち続けることで柔道が盛り上がったり、柔道をする子供が増えたり。それが理想」。

五輪後の復帰戦となった4月の全日本選抜体重別(福岡)も丸山との再戦を制して優勝。6月のグランドスラム(GS)ハンガリー大会では1年ぶりの国際大会で5試合オール一本勝ちした。丸山とともに出場する世界選手権(10月、タシケント)に向け「自分の柔道を研ぎ澄ましていけば絶対に負けない」と燃える。

2連覇が懸かる24年パリ五輪へ「あと2年しかない」感覚だ。金メダルを手にした日から、ちょうど3年後の7月25日に開幕する。「寝ても立っても強い、隙が一切ない選手になることが目標」。柔道初の4連覇へ立ち止まれない。東京五輪の余熱を、再び沸騰させる象徴になる。【木下淳】

◆阿部一二三(あべ・ひふみ)1997年(平9)8月9日、神戸市生まれ。「一歩ずつ」の願いで命名された。6歳で柔道を始める。神戸生田中2年時に初の日本一。兵庫・神港学園高2年時の14年、史上最年少の17歳2カ月で講道館杯を制した。同年の南京ユース五輪も金メダル。世界選手権17、18年2連覇。GS優勝10回。右組み。得意技は背負い投げ。尊敬する人は野村忠宏。好物は焼き肉。家族は両親、兄、妹。168センチ、66キロ。血液型AB。