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  インタビュー<日曜日のヒロイン>
 過去のインタビューは、日刊スポーツ紙面(東京本社発行分)でもご覧になれます。
 ご希望の方は→紙面バックナンバー申し込み
 なお、WEB上では、紙面より1週間遅れでの公開となります。
第448回    BoA  
2005.01.23付紙面より

BoA
写真= 「男の子っぽい性格なのかも…」と流ちょうな日本語で笑いながら、時々ドキッとするほど大人の女性の表情をする。おしゃれが大好きな18歳。ネイルアートもカワイクて、ちょっぴりおすましの表情を要求してみた。「なんか変だよ〜」と、照れ笑いしながらもバッチリ決めてくれてありがとうございました
(撮影・浅見桂子)

国境越えた歌姫 音楽版韓流のパイオニア

 夢の実現を素直に信じ続けた。日韓両国で活躍中の女性歌手BoA(18)。小学5年の時に訪れた“人生の転機”に、躊躇(ちゅうちょ)なく夢実現の道を選んだ。その道のりは決して生やさしいものではなかったが、努力と英才教育によって、その才能はすくすくと伸び、言葉の壁も乗り越えた。そして今、そのひたむきな姿勢が、国境や国籍を超えて共感を集めている。


BFはいません

 パスポートは、4年間で3冊つくった。出国、帰国の審査を受ける度に押されるスタンプで、すぐにページが埋まってしまう。これまで何回、日本と韓国を往復してきたことか。数える気にもならないほど、飛行機に乗った。

 「もう完全にバスや車の感覚です(笑い)。爆弾とか持っているわけじゃないから、もういい加減、入国審査をなくしてほしいですよね」。

 デビューから4年がたった。1年の半分を日本で過ごす。滞在期間は、長くて1週間ほど。例えば昨年末。イブは日本の音楽番組に生出演。翌日のクリスマスは、韓国にいた。ロマンチックな記念日もこの調子では、ボーイフレンドをつくる暇もない。

 「デートに誘う人ですか? いませんよ。だって、行ったり来たりしてますから、どっちにいるのか、分からないみたい。連絡が取りづらくて、つかまらないんですよ。だから、あきらめるんじゃないですか」。

 昨年は、中国、シンガポール、インドネシアにも活動の場を広げた。

 「去年は、すごく空を飛んでましたね(笑い)。全然落ち着かなかったですけど、めったに行かない所に行けて、いろいろ勉強になりました」。


日英に中国語も

 母国語のほか、英語、日本語も話す。今は中国語も勉強中だ。

 「中国語って、日本語よりも難しいんです。最近は頭がぐちゃぐちゃになっちゃいます(笑い)」。

 00年、韓国で発売したデビューアルバムが人気を集め、年末の音楽各賞を総なめ。その2年後、日本で発売した初アルバム「LISTEN TO MY HEART」は、アジア系歌手で初めてオリコンチャートの初登場1位を記録した。シングルもチャートのトップ5に必ず入る。アルバムは3枚とも、100万枚以上を売り上げた。NHK紅白歌合戦にも当たり前のように出場する。日本人歌手と錯覚する活躍ぶり。愛くるしいルックスと華麗なダンス、高い歌唱力が、10代の女の子たちを中心に絶大な支持を得ている。

 国境を超えた活躍を続ける歌姫も、7年前までは、ダンスと歌が大好きで歌手を夢見る、どこにでもいる少女だった。


兄が父母を説得

 「98年6月でした。その日は朝から雨が降り続いていました。ストリートダンサーだった兄が、新人歌手オーディションを受けると言って、ソウル市内にある芸能プロに向かったんです。私は小学5年。大好きな兄に付いて行きました」。

 母親によると、幼稚園のころから歌とダンスが好きだったという。ポーズを決めた写真が何枚も残っている。やさしい兄は、ダンスをよく教えてくれた。歌手を目指す兄がうらやましかった。

 部屋の隅で見学していると、プロダクションの社長がBoAを見た。「君も1回やってみる?」。前に出た。歌とダンスを披露すると、社長の目がくぎ付けになった。「名前は?」。「クォン・ボアです」。扉が開いた瞬間だった。

 「やった! と思いました。でもすぐに親から反対されました。きちんと勉強して、やりたいなら、20歳をすぎてからやりなさいと言われました」。

 父親が猛反対した。大学進学が当然と考えていたからだ。当時韓国ではティーンエージャーの女性歌手は、ほとんど活躍していなかった。親の反対も無理はなかった。

 「お兄さんが頑張ってくれました。こういうチャンスは、なかなかないと言ってくれました。お父さんを説得してくれたんです」。

 途中でやめると言わないこと。責任感を持ってちゃんとやりなさい−。勉強もきちんとするという条件も付いたが、飛び上がるほどうれしかった。


多忙な中学時代

 中学に進学すると、プロを目指してレッスンが本格化した。学校の授業が終わるのは午後4〜5時。バスと電車を乗り継いで、レッスン場のある芸能プロに毎日通った。平日は5時間、休日は10時間、ダンスレッスン、ボイストレーニングに取り組んだ。終わると2時間かけて帰宅する。

 「学校が大変でした。朝7時30分から始まるので、帰宅するとすぐ寝てました。授業以外に勉強する時間がなくて、宿題は授業の合間の10分間の休みや電車やバスの中でやりました」。

 所属したSMエンターテインメントは、当時から日本進出を本気で狙っていた。そのためBoAにも日本語レッスンを積ませた。

 「子供のころ、日本には、テレビゲームがすごく発展した国というイメージを持っていました。お兄さんが『バイオハザード』というちょっと怖いゲームを毎晩やっていて、それをつくっているすごい国なんだと(笑い)。あとはファッションが進んでいるという感じでした。日本でもデビューすると言われても、本当かなと思ってました」。


首脳会議に出席

 13歳の夏休み。約1カ月間、日本にホームステイした。NHKのアナウンサー宅に泊まった。知り合いも友人もいない異国の生活。寂しさを感じることはあったが、泣いたことはなかった。渋谷のファストフード店に1人でふらりと入ることも多かった。

 「結構面白かった。街を歩いている人をボーッと見ていたり、本を読んだり。寂しくて涙がこぼれちゃったこと? ないですよ(笑い)。逆に何で泣くのと思います。日本でシングル出したいと思って来ているのに、親に会いたいと言って泣いても、次の日、目がはれているだけで何も変わりませんからね」。

 その年、韓国でデビューし、成功していた。日本の大手レコード会社エイベックスとの提携も決まった。14歳だった01年5月、日本でデビューシングル「ID;PeaceB」を発売。日韓を往復する日々が始まった。

 それから約10カ月後。初アルバムが、オリコンチャート初登場1位に。03年に日韓首脳会議の晩さん会にも招かれた。日韓文化交流のシンボルになった。日本では今、映画やドラマを中心にした空前の韓国エンターテインメントのブームだが、BoAは音楽界ではそのパイオニア的存在と言っていい。2月2日に、これまでの活動の集大成ともいえる初のベストアルバムを発売する。

 「韓国の文化が受け入れられていることは、とてもいいこと。これからも、ますます距離が縮むといいですね。私もファンのため、作詞や作曲など、いろんなことに挑戦していきたい。ファンが喜ぶことをもっと考えていきたい」。

 仕事の話をする時は、こちらが18歳という年齢を忘れそうになるほど、大人びた表情を見せる。恋の話になると、とたんに表情が実年齢に戻った。

 「仕事から帰ったら速攻で寝てますから、恋のうわさなんて出ないでしょ? それに、みんな私のことを男の子のように扱うんですよ。食事に誘う時も、きっと絶対ドキドキしないで言ってますよ。4年前と比べたら、やせましたし、18歳って、女性として変わる時期なんですから!」。

 流ちょうな言葉のおかげもあるが、話を聞いているうちに、国籍のことも国境のこともすっかり頭から消えていた。韓国人と日本人ではなく、1人の少女と1人のおじさん。この子が音楽を通して果たしている大きな役割を確かに感じた。


 ◆日韓友情年2005 今年は、日韓国交正常化40周年にあたる。両国でさまざまな記念イベントが開催され、日本側は日本画家・平山郁夫氏が実行委員長を務めている


 ◆BoA(ボア) 本名・クォン・ボア。1986年11月5日、韓国・京畿道の九里市生まれ。00年8月にアルバム「ID;PeaceB」で韓国デビュー。同アルバムは香港、台湾でも発売。01年シングル「ID;PeaceB」で日本デビュー。04年に初の単独全国ツアーを成功させる。2月2日に初のベストアルバム「BEST OF SOUL」を発売する。血液型AB。


(取材・松田秀彦)

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