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元早大サッカー部監督・堀江忠男氏が死去

 サッカーベルリン五輪代表選手で早大名誉教授の堀江忠男(ほりえ・ただお)さんが03年3月29日午前3時50分、肺炎のため東京都中野区の病院で亡くなった。89歳だった。葬儀・告別式は4月2日正午から中野区中央2の33の3、宝仙寺で。喪主は妻玲子(れいこ)さん。

 堀江さんは1936年(昭和11年)のベルリン五輪にサッカー日本代表選手として出場。優勝候補のスウェーデンを破り「ベルリンの奇跡」といわれる試合に右腕を骨折しながら、フルバックとしてフル出場した。当時から英国のサッカー技術書を取り寄せ翻訳し、芝生のグラウンドで練習することの重要性を力説したという。理論とともに基礎体力の強化も選手に説き、指導者として日本サッカーの繁栄の基礎を築いた1人だった。

 早大サッカー部監督、部長時代には67年の天皇杯で釜本邦茂(現日本サッカー協会常務理事)森孝慈(現浦和GM)を擁して優勝。西野朗(現G大阪監督)岡田武史(現横浜監督)ら日本サッカー界をリードしてきた名選手を数多く育てた。経済学博士でもあった堀江さんは「サッカーは人生において大切なものだが、すべてではない」とも話していた。

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