匠の木製自転車
最新を熟知しているからこそ 古き素材の可能性も追求できる
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| 写真=匠の技術で世界でも例のない木製自転車を作り上げた千葉葉三さん
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透明ニスで仕上げられた木のフレームが、木目を薄くにじませながら静かに輝いている。スポーツ自転車の製作者として有名な千葉洋三さん(63=アマンダ・スポーツ)が作り上げた、世界でも例のない木製自転車だ。古くて新しい素材に挑んだ匠(たくみ)の冒険に迫ろうと、58歳サイクリング大好きおやじが田端の工房を訪ね、無理に頼んで試乗した。試作車は9月1日から銀座の千葉家「家族展」で一般にも公開される。
JR田端駅から北へ5分歩く。かつては小さな町工場が並び、職工さんが頭に手ぬぐい巻いて、ガッチャンガッチャンと機械に向かっていたあたりだ。
工場の数はめっきり減ったが、工房アマンダ・スポーツは、東北本線のガードをくぐったところで、今も頑張っている。見過ごしそうな開き戸を開けると、美直穂夫人と2人で、千葉さんは奥の旋盤で作業していた。丸い扇風機、昭和30年代の夏のにおいだ。
「いらっしゃい」。無造作な声がした。木製自転車も無造作に、入り口のわきに置いてあった。場違いなほどの輝きだ。
ふつうならアルミ、カーボンなどのパイプで構成されるはずの車体(フレーム)が、ニス仕上げの木でできている。一部が緑色にさっと塗られて、まるでしゃれた家具だ。高い完成度。「ハンドメイド・サイクル・ショー」(3月、科学技術館)でも、総合グランプリを受賞、海外の専門誌でも大きく紹介された。
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| 写真=透明ニスで仕上げられた木のフレーム
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「ものを作る側のいたずら心かな」。千葉さんは、にこにこした。「木は金属のように精密に工作できないし、車輪を作っても、真円にならない。それで、素材としては不向きだと思われているんです」。
けれど「木には振動を食べる特性がある」。そのプラス面を生かしたかったのだ、と。匠の挑戦。
1940年9月24日、東京生まれ。小さいころから自転車が好きで、鉄製フレームで有名な石渡製作所で仕事を始めたが、当時から木の特性を看破していた。木製カヌーやヨットの研究に、本場オランダへ研修に出かけたこともある。
「カヌーで木製パドルが愛用されるのも、長くこいでも疲れないから。自転車も同じで、部品としての精度は出なくても、いったん組み上げてしまうと、車体や車輪全体で衝撃を吸収してしまうんです。だから長く乗っても疲れない、不思議な乗り心地になる」。
いま多用されているアルミは、振動を残す。木はそれを食べる。だから乗るだけで、快楽。
「その快楽こそ、製作者として追い求めているもの。乗るだけで楽しくなる。速くなくてもまた乗りたくなる。それで初めて、自転車が人間の道具になる」。 材料費は「3万円足らずだった」が、製作には半年を要した。素材の可能性をとことん追求する横顔は、スポーツ選手が記録の極限に挑むのに似ていた。
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| 写真=後輪のディスクはバルサとカーボンで、リムは木曽ヒノキ
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時代は、古いものを捨てていく。使い切らずに捨てていく。匠は、それを職人の恥だと考える。
木を愛するのは、他の素材も熟知しているからこそだ。「鉄も時代遅れとみられがちだが、しなやかさと耐久性で、自転車素材としてまだまだ価値がある」。
一方で、新素材にも世界に先駆けてチャレンジしてきた。75年にカーボン材の車体、84年には円盤状の車輪を製作した。革新的な試みに反響は大きく、当時世界最強の東ドイツからも、特注を受けた。
今回のアテネ五輪では地元ギリシャから、チームスプリント用の後輪を依頼された。東ドイツが世界一と折り紙をつけた、ヒノキ材の車輪を送った。昨年の世界選手権で不振だったギリシャは、8位に入賞した。
欧州プロの世界に挑戦した先駆者市川雅俊氏や、最近では2月、厳冬期のアラスカを北極圏まで単独で走り抜けた戸田真人氏も、千葉さんに製作を依頼した。
欧州のスポーツ科学にも精通している。SRMという最新のトレーニングシステムもいち早く導入した。スケートの清水保宏選手も利用者の1人。しかし匠は人を分け隔てしない。
中高年の初心者には「パワーロスが少なくて、列車でも持ち運びできる軽さの」カーボン製の小型24インチ車を、体格と性格に合わせて作る。
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| 写真=芸術的な美しい木目が薄くにじむ
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今回の試作車のノウハウを、作る人の自己責任を条件に一般公開するアイデアを温めているそうだ。「独自技術を防衛する目的以外では、特許なんて関心がない」。
夢は? 「全国の中学生に、地元の山で出た間木材で、木製の通学用自転車を作ってほしいなあ。失敗を通して、人は多くを学ぶんだから」。仕事場での厳しい目が、いたずらっ子のように輝いた。
木が振動を食べてくれる まるで無重力移動のよう!
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| 写真=無理に頼んで試乗させてもらった。無重力空間を走るような不思議さだ
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ショー用に仕上げられた宝石のような試作車を、通りに出してもらった。
総重量9・1キログラム。ハイテク素材を駆使した現在のスポーツ自転車としては、取り立てて軽いわけではないが、見ただけで「乗ったら楽しいよ」と誘いかけてくる。
試乗させてもらった。こぎ出したとたんに、無重力の空間を移動しているような、不思議な感覚を味わった。手に伝わってくるべきゴツゴツした道路の感触がない。試しにダッシュすると、力みをいなされるような感じで、そのくせスーッと疾走した。まさに、木が振動を食べている。
人間がこぐ力が、ペダルやチェーン、タイヤなどの「翻訳」なしに、路面に伝えられている。
リム(タイヤを受ける外周部)は木曽ヒノキ。後輪はバルサとカーボンで、トラック競技用自転車のような円盤状に仕上げてある。
車体を構成しているのは桜材をヒバ材2枚で挟んで接着した厚さ3センチ、幅4センチの板。
板の内部には溝が彫り込まれ、そこに空気をため込んでいるそうだ。おそらくそれも、微妙な走行感を生む要因なのだろう。
★家族展 銀座協会(銀座4の2の1、(電話)03・3561・2910)ギャラリー・アガペーにて、午前11時〜午後7時 かな書=千葉琴鈴 漆工芸=高橋敏彦 自転車=千葉洋三。
★アマンダ(AMANDA)・スポーツ 〒114・0012北区田端新町1の11の18。(電話)03・3809・2477。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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