フリースタイルスキー・スロープスタイル女子の予選が13日に始まる。日本勢として唯一出場するはずだった近藤心音(18=オリエンタルバイオ)は、無念の欠場となった。

北京オリンピック(五輪)前では最後に出場した1月のW杯で自己最高5位入賞。「成績よりも自分の良さや強みを出したい。スロープスタイルの魅力を伝えられれば」と意気込んでいた。今回の五輪では隠れたメダル候補ともいえる存在だったが、現地入り後の練習中に右膝を痛めて7日のビッグエア予選を欠場。それでも得意のスロープスタイルに照準を合わせて調整してきたが、12日の練習中に転倒してさらに負傷したという。

偉大なる遺伝子を受け継ぐ。父の信(まこと)さんはかつて、この競技の第一人者として道を切り開いた国内のレジェンド的存在で、「隊長」のニックネームで名をはせた。その父が考案した「ミスティーファイブ」と呼ばれる縦回転と横回転を組み合わせた技を、近藤は小学6年のころに大会で成功。当時は男子の高校生でもできる選手が限られていたほどの難易度だった。

「ミスティーファイブを覚えれば、他の技にも応用できる」と父が意図していたように、近藤はその後も次々と新しい技を習得。現在の切り札的な存在となっているのが「スイッチブレンダーセブン」といい、後ろ向きで入り横に2回転する大技。近藤によれば、国内女子だと自身以外にやっている人を見たことがなく、W杯に出場する海外選手でも、この技を繰り出す選手は数えるほどしかいない。

昨春から夏にかけて小さなけがが続き、コロナ禍も相まって「メンタル面でやられた」と振り返る。それでも家族のサポートもあって立ち直り、見事に五輪切符をつかんだ。「どんなに大変なときも、そばにいて支えてくれた。感謝しても感謝しきれない」と、家族へのあふれる思いを口にしていた。

父信さんは、「自分たちがファーストジェネレーションと呼ばれ、このスポーツが生まれるきっかけをつくった。遊びでやっていたスポーツが五輪に採用され、その舞台に自分の娘が出る。そう思うと、感慨深い」と話していた。そんな「隊長」の思いも胸に臨むはずだった大舞台。無念の帰国となるが、まだ若い。父と娘のストーリーは悲劇の章を乗り越え、4年後へと続くはずだ。【奥岡幹浩】