日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長が、ロシアのウクライナへの侵攻について発言した。

14日にリモートで国際フォーラムを開催。ロシアのプーチン大統領については「直接のルートは個人的に持ち合わせていない」としたが、「日本のスポーツ界で一緒に動ければ。できるだけ早く行動していかないといけない」と話した。

前スポーツ庁長官の鈴木大地氏の「プーチン大統領に対し、軍事侵攻は非常識である、柔道家として、ありえないということを、直接伝えられないか」という質問に答えたもの。黒帯の柔道家でもある同大統領が、最も尊敬する日本人が五輪金メダリストの山下会長。親交も長く、国際オリンピック委員会(IOC)委員でもある同会長の言葉には耳を傾けるのではないか。直接対話に期待する声は多い。

山下会長は2006年に発足した「柔道教育ソリダリティー」の理事長として、長く柔道を通じた国際交流と異文化理解を推進してきた。対立するイスラエルとパレスチナの中学生を日本に招いて、合同合宿を実現させたこともある。日本とロシアの文化交流にも力を注ぎ、その活動はプーチン大統領も注目していたという。柔道着を脱いだ1人の人間としても、信頼されていたのだろう。

2000年9月に初来日したプーチン大統領は、日ロ首脳会談を終えた後、東京・文京区の講道館を訪れ「マイホームに帰ってきたようだ」とあいさつをした。当時の嘉納行光館長から6段位以上が締める紅白帯を授与されると「自分はまだその域に達していない」とやんわりと辞退した。謙虚で、柔道の心を知る大統領として、山下会長をはじめ多くの人が好感を持った。

今の彼は、あの時と同じ人物とはとても思えない。山下会長の失望と困惑はいかばかりか。もともと柔道は古い柔術などを非暴力化したことで社会に受け入れられた。そして創始者、嘉納治五郎が提唱したのが「精力善用・自他共栄」。柔道で培った精力を世の中に役立て、信頼して助け合うことで、ともに栄えることができるという意味である。有段者のプーチン大統領が、この柔道精神を知らないはずはないのだが。

国際柔道連盟は、名誉会長を含むすべての役職からプーチン大統領を解任した。ただ彼を孤立させるだけでは戦況は変わらない。政治で解決への道が見いだせない中、山下会長が日本スポーツ界の先頭に立って行動を起こせば、違った糸口が見えてくるのではないか。徒労に終わる可能性が高いかもしれないが、腹を割って話せば、わずかでも彼の柔道家としての心に響く可能性もゼロではないと信じたい。そのためにも、何とか対話の道を模索してほしい。【首藤正徳】

2005年12月24日、ロシアのサンクトペテルブルクで柔道のけいこをするプーチン大統領(左)と山下泰裕氏(AP)
2005年12月24日、ロシアのサンクトペテルブルクで柔道のけいこをするプーチン大統領(左)と山下泰裕氏(AP)