国内仕様から海外仕様へ-。ハンドボールの「おりひめジャパン」はグレードアップした肉体で世界に挑む。来年の東京大会で44年ぶりのオリンピック(五輪)に出場する女子日本代表は、30日から熊本で行われる世界選手権に出場する。徹底した栄養摂取とトレーニングで鍛えた選手たちが「五輪前哨戦」に挑む。体の接触をともなう球技は弱いとされていた日本だが、W杯日本大会のラグビーに続いてハンドボールが乗り越える。

23日、ジャパンカップのフランス戦でシュートを放つ大山(撮影・鈴木みどり)
23日、ジャパンカップのフランス戦でシュートを放つ大山(撮影・鈴木みどり)

■3年間継続の効果

世界選手権を前に行われたジャパンカップで、日本は進化した姿をみせた。精神的支柱の原希美主将を直前のケガで欠き、攻守ともに課題は残ったが、180センチ台をそろえる相手に体で負けなかった。「強い当たりに倒れなくなった。そこは成長」と副将の永田しおりは言った。

76年モントリオール大会以降、五輪の舞台から遠ざかった。「世界より日本で勝とう」と思うのも仕方ないこと。40年もの間で、選手たちの目標は「日本リーグ優勝」になった。16年6月に就任したデンマーク出身のウルリック・キルケリー監督(47)は選手の第一印象を「フィジカルが弱い」と見抜いた。

本格的な肉体改造が始まった。日本の武器のスピードやスタミナを落とさないように筋肉をつける。高野内俊也トレーナー(55)は「ただトレーニングをするだけではダメ。いかに栄養を取るかが大事」。日本協会契約の味の素「ビクトリープロジェクト」とともに、本格的な選手の肉体改造をスタートさせた。

最初に行ったのは、筋肉量を増加させるために必要なタンパク質量の調査。全選手のタンパク質摂取量と排出量を徹底的に調べた。食事などはもちろん、排出量の7割という尿も調べた。永田は「3日間、全ての尿を採りました。練習は容器持参で」と振り返る。

割り出されたのは「体重1キロあたり2・1グラム以上」という数字。これまで1・2~2・0グラムといわれていたが、それ以上に必要だった。60キロの選手の場合、1日126グラム以下の摂取では筋肉が落ちるというわけだ。そこからは、タンパク質を取ることもトレーニングになった。

高野内氏は以前からフィジカル強化を考えていたというが、速さやスタミナが優先されてきた。それでも「世界で戦うためには体を強くすることが必須なんです。キルケリー監督は選手全員で戦うのが基本。フルで出る選手はいなくて多くても30~40分だから、思い切って筋肉を増やせた」と説明した。

当初は、体重増加を嫌がる選手もいた。さらに、代表合宿から所属先に帰ると、必要な栄養を取れない選手もいた。ハンドボール女子はアマチュア選手ばかり。仕事後、午後6時半から練習し、夕食は同10時半という選手もいる。高野内氏は栄養士らと全チームを回り、栄養摂取の重要性を説明した。

3年間、試行錯誤で続けてきた成果が、ようやく表れてきた。守備の要でもある塩田は「今は当たり負けしないし、筋肉の大切さが分かった。食事の時も栄養の話をしますね」という。個人差もあるが、全選手の平均で体重2・2キロ増。そのほとんどは除脂肪体重、つまり筋肉量だという。

パネルと寄せ書きを手に笑顔のハンドボール女子日本代表(撮影・鈴木みどり)
パネルと寄せ書きを手に笑顔のハンドボール女子日本代表(撮影・鈴木みどり)

■まだ「改造」の途上

「日本リーグで勝つためだけなら、スピードと技術で何とかなる。しかし、世界で戦うのは無理」と高野内氏。「日本リーグ仕様」の体が「世界仕様」になって、選手の意識も変わってきた。「大きな相手とぶつかっても負けないのは、すごく自信になる」と塩田は話す。メンタルも「世界仕様」になってきた。

日本の球技は、身体接触を避けてきた。スピードやパス回しで接触前にボールを離しつないでいた。しかし、ラグビー日本代表は体を鍛え上げ、相手のタックルにも倒れず、倒されてもすぐ起き上がってW杯で史上初めて8強に進んだ。ハンドボールも同じ。「相手に当たられながらでも、パスやシュートができる」と永田。高野内氏は「オフロードパスと同じです」とタックルを受けながらパスを出すラグビーを例に話した。

世界選手権を前に、キルケリー監督は選手たちを「国際的なハンドボール選手になった」と評し、3年間の成長に目を細めた。「まだ肉体改造は途中です」と高野内氏は言うが、五輪までの途中経過を見せる舞台は迫る。世界と戦う体と精神を手にした「おりひめジャパン」が、五輪前哨戦の世界選手権に挑む。【荻島弘一】

五輪ハンドボール成績
五輪ハンドボール成績

<ハンドボール アラカルト>

◆試合会場 コートは40メートル×20メートルで、ゴールは幅3メートル高さ2メートル。いずれもフットサルと同じ。ゴール前方6メートル以内にはGK以外入れない。また、ゴールから7メートルに7メートルスロー(サッカーのPK)ラインがある。

◆選手数 1チームGK1人とCP(コートプレーヤー)6人の計7人。ポジションは司令塔役のCB(センターバック)、シュート力のあるRB(右45度)LB(左45度)、ポスト役のPV(ピボット)、速攻やサイド攻撃で力を発揮するLW(左ウイング)とRW(右ウイング)。選手交代は自由。

◆試合時間 前後半各30分で、ハーフタイム15分。勝敗をつける必要があって同点の場合は10分の延長戦。それでも同スコアは7メートルスローコンテスト(サッカーのPK戦)を行う。

◆反則 プッシング(相手を押す、突き飛ばす)、キック(GK以外が足でボールを扱う)、オーバーステップ(ボールを持って4歩以上歩く)など。明らかに相手の得点機を阻止した場合には攻撃側に7メートルスローが与えられる。

23日、ジャパンカップのフランス戦で競り合う角南唯(撮影・鈴木みどり)
23日、ジャパンカップのフランス戦で競り合う角南唯(撮影・鈴木みどり)

◆ハンドボール女子世界選手権 1957年に第1回が行われ、現在は2年に1回開催。今大会は24回目で韓国(90年)中国(09年)ブラジル(11年)に次ぐ4回目の欧州以外での開催。参加24カ国が4組に分かれ1次リーグを行い、各上位3カ国が2次リーグ(6×2組)に進出。1次リーグの成績を持ち越し、各上位2カ国が準決勝に進む。過去の優勝はロシアが4回で最多。ノルウェー、ソ連、東ドイツが3回で続く。欧州以外のメダル獲得国は韓国2回、ブラジル1回で、欧州勢が圧倒的。男子は38年から開催され、97年に欧州以外で初めて熊本で開催された。

「勝ち飯」PAD
「勝ち飯」PAD

◆味の素「ビクトリープロジェクト」

「楽しいですよ。ゲーム感覚でできるから」と選手たちが声をそろえるのは、今年6月に導入された「勝ち飯PAD」による筋肉量のコントロール。味の素「ビクトリープロジェクト」が取り入れたもので、毎日の食事や体重、体脂肪率の変化を書き込んで使う。

17年1月から本格的にサポートを始めた味の素だが「なかなか効果が表れなかった」(同プロジェクト上野祐輝氏)。そこで、タンパク質5グラムを○1つとして食事ごとの摂取量を書き込むシートを製作。「肉料理は○3つ」「そば1玉○2つ」など○の数で摂取量が分かるようにした。

体重によって必要な○の数(摂取タンパク質量)は違うため「私は1日30個必要」とか「昼までに15個だから補食と夕食で15個増やさないと」とゲームのように摂取できる。同プロジェクト管理栄養士の鈴木晴香さんは「選手たちの意識もさらに変わった。今は積極的に栄養表を見ています」と、PADの効果を口にする。

選手は毎週1回、シートを写メで同プロジェクトに送っている。鈴木さんらがこれをもとにアドバイス。高野内トレーナーとも密に連絡をとり合い、選手と個人面談も行う。「世界で戦うための体を作るために、栄養面でサポートするのが我々の役割です」と上野氏は話していた。