2020年東京パラリンピック開幕まで3年7カ月となりました。2年目を迎えた「パラスポ」では、冬季パラリンピック金メダリストで日本パラリンピアンズ協会の大日方邦子副会長(44)のコラム「おびパラ ワールド」をスタートします。アルペンスキーの選手としてパラリンピック5大会で10個のメダルを獲得したレジェンドが、現役時代の秘話から選手たちの意外な日常生活まで語り尽くします。第1回はパラアスリートの必需品「車」についてのお話です。【構成・首藤正徳】

●スキー10メダルの大日方氏が明かす裏話

 来年3月に開幕する平昌パラリンピックを控えて、冬季競技のシーズンはこれから佳境を迎えます。3月にはアルペンW杯(長野・白馬)、ノルディックW杯(北海道・札幌市)が開催され、世界のトップ選手が集結します。また、2月の全国障がい者スノーボード選手権には、リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上男子走り幅跳び銀メダリストの山本篤選手が出場するという話も聞いています。

 そんな冬季のパラアスリートたちにとって、競技用具以外で欠かせない必需品があります。それは車です。1回の遠征で持参する荷物の量が半端ではないからです。競技用のチェアスキーに、ふだん使う車いす、スキー板4~5セットなど1人100キロくらいの荷物を運びます。車はワゴンタイプのような大型車でなければ詰め込めませんし、1人1台で満載。荷物の中に人が入っているような状況になります。

 車いす利用者は手でアクセルとブレーキを操作できる装置を車に取り付けて運転します。特にチェアスキーは梱包(こんぽう)が大変で、破損の心配もあるため、国内移動はできる限り自走が基本。私も毎年3月に岩手の安比高原でスキー教室を開催していて、都内からマイカーに荷物一式すべて詰め込み、片道約600キロの距離を移動します。

 だから私たちにとって車は自分の部屋みたいな感じです。選手たちもみんな車が大好きで、お金をかけます。機能性はよくないのに巨大なアメ車に乗っているパラリンピアンもいます。車が自分のアイデンティティーを主張するアイテムになっています。

 しかし海外に出る時には車は使えないので、また別の工夫が必要になります。航空会社に預けるために入念な梱包をしたチェアスキーを、私はスケボーに取り付けて空港などでゴロゴロと転がして運んでいました。キャリーバッグも車いすの背の上にあるハンドルに引っかけて一緒に移動させます。荷物が重くて多いので選手たちの手にはマメができます。私の手のひらも女性にしては硬い。必需品は滑り止め付きの軍手。まるで引っ越し業者みたいですよね。

 車いす利用者は介添えがないと移動が難しいというイメージがありますが、極力、工夫して自分でやりますし、できます。世界中のアスリートが集うパラリンピックでは、競技だけではなく、ちょっとした日常的な工夫も共有し合えます。海外の選手が車いすに取り付けていたゴツゴツした分厚いスキータイヤを、「あのタイヤいいよね」と、私たち日本選手もまねさせてもらいました。そういったこともパラリンピックのもうひとつの意義ではないでしょうか。(日本パラリンピアンズ協会副会長)

 ◆大日方邦子(おびなた・くにこ)1972年(昭47)4月16日、東京生まれ。3歳の時に交通事故で右足切断。左足にも障害が残る。高2からチェアスキーを始め、パラリンピックは94年リレハンメル大会から5大会連続出場。98年長野大会で冬季大会日本人初の金メダルを獲得。メダル数通算10(金2、銀3、銅5)は冬季大会日本人最多。10年バンクーバー大会後に引退。