20年東京オリンピック・パラリンピックの大会ボランティアの募集が9月にスタートします。募集人数は8万人。ボランティアには運営のサポート業務以上に、大会の雰囲気を盛り上げるという大きな役割があります。12年ロンドン大会では「ゲームズメーカー」(大会をつくる人たち)と呼ばれました。とてもすてきなネーミングだと思いました。

 よい雰囲気をつくるには、まず支える人たちが笑顔で楽しむことが重要です。私が団長を務めた3月の平昌パラリンピックで、日本選手団に配属された6人のボランティアは、本当に仕事を楽しんでいました。アイスホッケーの試合に同行した女性は、選手と仲良くなって、日韓戦では両国の旗を振って応援していました。

 ボランティアが醸し出す空気は、選手にも伝わります。私が初めてアルペンスキーで金メダルを獲得した98年長野パラリンピックでは、大勢のボランティアから「頑張って」と声をかけられました。練習前には特に入念にコース整備をしてくれたりして、応援の気持ちをひしひしと感じました。うれしかったし、何より大きな力になりました。

 ボランティアは世代や職歴、国籍に関係なく、さまざまな価値観の人とチームで仕事をするので、人生の貴重な経験にもなります。だから障害のある人も積極的に応募してほしい。日本では障がい者と接する機会が少ないので、声をかけにくいという話を聞きます。大会を通じて一緒に仕事をすると、そうした心の壁も自然となくなるはずです。

 12年ロンドン大会では聴覚障がい者と健常者がペアになって、空港でVIPの荷物を運ぶ仕事をしていました。ちょっと組み合わせを考えるだけで、障がい者もいろんな役割ができるのです。同大会では車いすの運転手もいました。アクセル、ブレーキを手で操作する簡易装置を後付けできるので、運転も問題ありません。障害のある人がさまざまな職種で活躍することは、社会が変わるきっかけにもなると思います。

 20年大会は酷暑の中での仕事になりますが、笑顔を忘れずに、いろんな人に声をかけて、自分たちで楽しんでほしいですね。笑顔は周りに伝染します。語学力の10倍くらい重要です。みんなが笑っていれば、きっといい大会になるはずです。それがまさに最高の“おもてなし”なのだと思います。

 ◆大日方邦子(おびなた・くにこ)アルペンスキーでパラリンピック5大会連続出場し、10個のメダルを獲得(金2、銀3、銅5)。10年引退。現在は日本パラリンピアンズ協会副会長で、平昌パラリンピック日本選手団長を務めた。電通パブリックリレーションズ勤務。46歳。