スポーツ用品大手ナイキの「厚底シューズ」が注目されています。マラソンの世界記録や日本記録更新の一因として脚光を浴び、その後、靴底に埋め込んだカーボンファイバー製プレートの反発力が助力になっているとして、世界陸連で着用の可否をめぐる議論になりました。この一連の流れは、パラアスリートの義足と同じだと思いました。

両足義足のピストリウス(南アフリカ)が、カーボンファイバー製の義足を着用してパラ陸上の短距離の世界記録を大幅に更新し、健常者の11年世界選手権や12年ロンドン・オリンピック(五輪)にも出場しました。その後、義足の反発力が推進力に有利に働いているという批判が強まり、義足のアスリートは五輪や世界選手権に出場が認められていません。

この2つの事例は「スポーツの進化」の重要な一面を明示しています。競技力の向上や記録の更新は、人間の能力の進化とともに、道具の進化が人間の限界点を引き上げ、可能性を引き出してきたということです。「厚底シューズ」も助力にとどまらず、履いて走ることで走り方のコツをつかみ、速く走れる可能性だってあると思います。

現役時代に私が使っていたチェアスキーは、開発間もない80年代前半の頃はコントロールが難しく、スピードも出せませんでした。その後、リフトに乗れる機能を備えたことで多様なコースでの滑走が可能になり、98年長野パラリンピックの頃には(衝撃を緩衝する)サスペンションが使えるようになり、劇的な進化を遂げました。

一方、選手たちも立って滑る感覚でより速く滑るために、エンジニアに操作性などさまざまな要望を出して、チェアスキーの改良を重ねるとともに、高速に対応できる技術や体力をつけていきました。時速20キロ程度で滑っていた競技が、約40年で100キロ超のスピードを競うスポーツに進化したのです。先人たちの汗と努力の結晶で、今のパラスポーツがあるのです。

1月末に世界陸連は、靴底の厚さ4センチ以下、埋め込みプレートは1枚までとシューズの新ルールを発表しました。公平性とのバランスを考えるとルールは必要です。でも、歴史的に見ても人の発想力と技術開発はルールの壁を越えて、不可能を可能に変え、人間の限界を突破してきました。今回の議論もスポーツが進化していく1つの過程なのだと思います。

◆大日方邦子(おびなた・くにこ)アルペンスキーでパラリンピック5大会連続出場し、10個のメダルを獲得(金2、銀3、銅5)。10年引退。現在は日本パラリンピアンズ協会副会長で、平昌(ピョンチャン)パラリンピック日本選手団長を務めた。電通パブリックリレーションズ勤務。47歳。