<パリオリンピック(五輪):陸上>◇5日(日本時間6日)◇男子3000メートル障害予選3組◇フランス競技場
100年ぶりのパリ五輪。華やかな舞台で、勝負の光と影が交錯する。敗れた選手たちの物語を「グッドルーザー、敗者の轍(わだち)」として紹介する。
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「見たか。これが日本の三浦だ」
陸上男子3000メートル障害で2大会連続出場の青木涼真(27=ホンダ)は、前組の三浦龍司(22=SUBARU)が堂々と予選を突破する姿を誇らしく見ていた。同時にこうも思った。「自分も(予選を)通らないと。彼を1人で行かせてしまってはいけない」。実業団5年目の27歳。「ベテランの域に入ってきた」と自覚する今、自分の役割を“つなぎ役”と位置づける。
「若い選手たちが目標を見失わないよう、見える背中であり続けるのも大事かなと思って」
かつては3000メートル障害で世界を目指すつもりではなかった。
埼玉・春日部高2年時に「1500メートルや5000メートルでは戦えない」とこの種目を始めた。3年時に全国高校総体8位、法政大2年時からは関東学生対校選手権(関東インカレ)で2連覇。21年東京五輪にも出場した。ただ、長距離走への憧れが捨てきれず「なあなあで続けていた」という。
心境が変化したのは、3000メートル障害でともに東京五輪に出場した山口浩勢の存在。6学年上の先輩は、年齢を重ねても国内外の大会で活躍し続けていた。
ふと「他の種目は考えなかったですか?」と尋ねたことがある。すぐに「俺はこれでやるって決めたからなぁ」と真っすぐ言葉が返ってきた。その姿に自分を重ね合わせた。
「山口さんは3000メートル障害を引っ張ってくださっていた。自分はその背中を見て『まだまだ』と頑張れたところがあった。後輩たちにとって、背中を追えるポジションに居続けることも大事だと思った。3000メートル障害から逃げずに戦い続けることも面白いと思った」
三浦の競争相手として、後輩のモチベーターとして、この競技を極めると決意した。22年からは3年連続で渡米し、海外勢の練習を学んだ。23年世界選手権では決勝進出。それは自分だけでなく、日本の陸上界のためでもあった。
パリの舞台でも、後輩へ何を示せるかを念頭に置いていた。身長167センチの小柄な体で、ひたすら粘り強く走った。結果は8分29秒03の組8着で予選敗退。ただ、この経験もきっと生きる。
「今日もずうずうしくポジションを取れたかな。今、レベルが上がってきている日本の後輩選手に伝えて、全体のレベルを上げていきたい」
そしてこう付け加えるのを忘れなかった。
「不甲斐ない走りにはなってしまったんですけど、ここが終わりではない。三浦くんにも最後は自分が勝つという思いでやっている。今回の悔しさを明日以降につなげて、しっかり策を練っていきたいです」
そう言って取材エリアを去る背中は、ひときわ大きかった。【藤塚大輔】



