三浦龍司(22=SUBARU)が8分11秒72で8位となり、2大会連続入賞の快挙を成し遂げた。

世界に名をとどろかせる22歳は自然豊かな島根県浜田市で生まれ育ち、小学1年の頃に「浜田ジュニア陸上教室」で競技と出合った。跳躍力や対応力が問われる3000メートル障害の素養は、この頃から育まれていった。

同教室で長距離を指導した伊津洋士さんと、同じ教室に通った同学年の橋ケ迫樹さんは、三浦を幼少期からよく知る存在。小中学校時代のエピソードを尋ねた。【取材・構成=藤塚大輔】

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★小学生の頃から“体内時計”の感覚は抜群!

小学校高学年の頃には「500メートルは○秒で通過しよう」と指示をされると、その通りにペースを守ることができた。伊津さんは「この力は歴代でも抜群です。当時から何秒で通過するかを意識していました」と舌を巻く。

★二重跳びを6分間も続けていた!

小学5年の頃に地元の体操大会で縄跳び種目に出場し、二重跳びを6分間も継続。周囲の「早く終わらないかな」という空気を感じ取り、途中で自ら跳ぶのをやめた。三浦は「あと2分は跳べた」といい、「跳んだり、跳ねたりする動きは得意だった。ゾーンに入っていた」と振り返っている。

★遠征時には遊び回ってアップ完了?

体を動かすことが大好き。遠征先に到着すると、すぐに友達と遊び回っていた。教室のスタッフから「もう遊んだから今日はアップなし!」と言われたことも。伊津さんは「目の前のことを純粋に楽しむタイプでした」と振り返る。

★ギプスのままで優勝!?

中学生の頃には自転車で転倒し、左手を骨折したことがあった。それでも県内の陸上大会にギプス姿で出場し、なんと優勝をさらっていった。三浦は「腕がよく振れた」と言って周囲を笑わせていたという。橋ケ迫さんは「グルグルに巻いていたのに…。その時はびっくりしました」と驚嘆。伊津さんも「腕振りするくらいなので治ってきていたとは思うんですが、それでも驚きました」と懐かしむ。

★中1で高校生を圧倒!

中学1年冬の江津市駅伝競走大会の1区では、高校生チームも同じコースを走る中で1位となった。2区で待っていた橋ケ迫さんは「放送で『1人目が来ます』と流れてきたので、高校生が来るんだろうと思っていたら、まさかの龍司でした。ヤバい…と焦りました」と回顧する。

★走りも優しさもピカイチ!

走力が飛び抜けていたため、友人の間では「龍司がいるから1番になるのは無理だな」とささやかれたほどだった。ただ、抜群だったのは走りだけではない。橋ケ迫さんは「速いからといって威張るようなこともなく、足が遅い人とも分け隔てなく接していました。(小3でクラブに入った時は)僕が一番足が遅かったんですけど、よく声をかけてくれて、一緒に遊んでいました」と振り返る。幼少期から優しさもピカイチだった。

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三浦は地元への感謝を抱き続けている。今大会の開幕に合わせ、日本オリンピック委員会(JOC)を通じて、次のコメントを寄せていた。

「地元の陸上クラブの人達や恩師の方々から心強い応援を頂いているので、思い切って大会に挑めると思います」

支えてくれた人を大切に思う気持ちは、今も変わらない。