【パリ=藤塚大輔】フルマラソン4度目の鈴木優花(24=第一生命グループ)が、6位入賞を果たした。2時間24分2秒の自己ベストだった。起伏の激しいパリの難関コースを攻略し、アフリカ勢らスピードランナーと互角に渡り合った。前回東京8位の一山麻緒(27=資生堂)は2大会連続の入賞とはならなかったが笑顔でゴール。2時間34分13秒で51位だった。優勝はシファン・ハッサン(オランダ)で2時間22分55秒の五輪新記録で、ラスト勝負でティギスト・アセファ(エチオピア)に競り勝った。
今年の大阪国際で日本記録を更新した前田穂南(28=天満屋)は右大腿骨疲労骨折で欠場。鈴木と一山の2選手が挑んだ。
最初の5キロの先頭通過タイムは17分24秒。鈴木は28番手で3秒差、一山は4秒差で集団に付いている。
10キロ通過は鈴木が先頭から5秒遅れの34分37秒で29位、一山は7秒遅れの34分39秒で40位の通過となった。
15キロは14人の先頭集団が51分12秒で通過。鈴木は14秒差の15位、一山は46秒差の45位。ここからの上り坂で鈴木がペースを上げ、16キロでアフリカ勢中心の先頭集団に加わった。
20キロ、先頭集団の鈴木は1時間9分32秒で通過。一山は先頭から1分52秒遅れの56位で通過した。鈴木は順調に先頭集団で25キロも通過。一山は3分7秒遅れの61位と差は広がっており、苦しいレースが続いた。
27キロ付近からエチオピア勢のアセファ、シャンクレがペースを上げる中、鈴木はしっかり付いていく。28キロすぎから続く急勾配な過酷な坂。先頭集団は8人に絞られる。鈴木は29キロ地点で5番手。アップダウンの激しい、米国ボルダーで高地トレーニングを積み重ねてきた成果を発揮した。
登り切った後の下り坂。アフリカ勢がペースアップ。鈴木はいったん少し離された。30キロ地点はトップから4秒差の8位で通過。さらに続く下り坂を使い9人の先頭集団に吸収された。33キロで先頭集団は縦長になり、5人の先頭集団に、鈴木ら3人が20メートル遅れで続く。再び先頭集団に食らい付き、35キロ地点を5位で通過した。
勝負の終盤戦に入った。アフリカ勢5人が横一線で走り、鈴木が追う展開。エッフェル塔が見えてきた。トップとは30メートルほどに開いた。懸命に前を追い、6番手で走った。38キロ付近で先頭とは100メートルほどの差となった。
表彰台は遠のいたが、最後まで力を振り絞ってフィニッシュ。終盤までアフリカ勢と互角に渡り合う大健闘の走りで、入賞を手にした。
鈴木は笑顔で「初めてケニア、エチオピア勢のペースの変動を体感できた。不安はあったけど、ここについて行かないと入賞はないと思い、付いていった」と振り返った。そしてボルダー合宿の成果を口にし「合宿で山下(佐知子)アドバイザーと相談しながら、アップダウンのコースを作って取り組めたのが大きかった」と入賞の要因を語った。
レース後の2人のコメントは以下の通り。
▽6位入賞の鈴木優花 初めてケニア人選手、エチオピア選手たちのペースの変動を、身をもって体感出来ました。すごく付くのも不安も1回よぎるんですけど、やっぱりつかないと入賞は出来ないと思っていたので、自分の行けるところまで行こうと決めて、必死について行きました。やっぱりこのアップダウンのひどいコースっていうのは、なかなかないんですけど、アメリカ合宿で山下アドバイザーと一緒に相談しながら、アップダウンの激しいコースというのを作って、何回も取り組めたことが、やっぱり一番の要因かなと思います。このアップダウンの中で、わずかながら自己ベストを更新できたということは、これから日本の国内のより平たんに近いコースだったりとか、海外のタイムの出やすいコースに挑んだときに、自分はどこまで行けるのかというのが、よりちょっと見えたと思います。(今後どんなランナーを目指すか?の問いに)まずは第一生命に入ったからには、入賞だけではなく、こういったところでもメダルを獲得できるところまで何としてでも行きたいです。(初めての五輪は)とても楽しかったです。
▽51位の一山麻緒 本当に順位を見ると、すごく惨敗なんですけど、走る前は、実際に走るよりもすごく怖くて仕方なかったんですけど、実際に走ってみて、日本の方はもちろんなんですけど、世界中の方に、たくさん応援してもらって、日本って、すごく世界中から愛されているんだなって。そんな日本を背負って走れたことが本当にうれしかったです。
東京五輪とは全然、違ってこれが本当のオリンピックなんだって、走って肌で感じましたし、本当に皆さんの応援が、本当にうれしかったし、応援に背中を押してもらいました。(東京五輪後の3年を)振り返ると、本当に悔しいことの方が多かった3年間なんですけど、今日は本当に無事にスタートラインに立って、走っているときは本当に苦しいんですけど、それ以上にたくさんの方に応援してもらって、苦しいじゃなくてうれしい気持ちで、このマラソンを走れることが出来て、本当に最後までありがたいなっていう気持ちでゴールしました。



