パリ五輪には道産子審判が参加する。ラグビー7人制女子日本代表として16年リオデジャネイロ五輪に出場した桑井亜乃さん(34=北海道・幕別町出身)は、同競技で史上初の選手とレフェリーとして五輪ピッチに立つ。バレーボールでは明井寿枝さん(51=室蘭市出身)が21年東京五輪に続き2大会連続で日本から唯一選出された。サッカーでは3度目の五輪となる手代木直美さん(43=清水町出身)が、24日(日本時間25日)に女性として史上初めて五輪のサッカー男子の試合での副審を務めた。

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桑井さんが大好きなピッチに舞い戻る。今度は選手ではなく、レフェリーとして。21年8月に現役を引退した際「次はレフェリーでパリ五輪を目指します」と公言した。有言実行を果たす。今年5月に審判団に選出されると、たくさんの祝福を受けた。泣いて喜んでくれた人もいたという。「私にとって五輪は特別な舞台。感謝の気持ちを込めてグラウンドに立ちたい」と誓う。モットーは「強く、美しく」だ。

ジャージーを脱いでからの3年間、新たなトライに向かって駆け抜けてきた。東京五輪代表を逃し、選手生活を終えた。愛するラグビーに関わる仕事がしたかった。日本協会関係者からの勧めもあり、進む道を決めた。急ピッチで資格を取得し、五輪で笛を吹くために逆算して行動。「ギリギリのプランニングの中で入ったって実感している」。着実に国際大会での経験を積み、レフェリングを評価されて、16カ国23人の審判団に名を連ねた。

ラグビー7人制が初採用されたリオデジャネイロ五輪で、歴史的サクラセブンズ初トライを決めたのが桑井。自ら道を切り開く。リーグワンのチームの練習参加を交渉し、世界レベルに対応するスピード感を保った。金メダルを獲得した98年長野五輪ジャンプ団体をテレビで見てからあこがれ、桑井さんを引きつける存在が五輪。陸上から12年に本格的に転向したのも、オリンピアンになるためだった。

28日の女子1次リーグB組オーストラリア-南アフリカでのアシスタントレフェリーや同日の同A組ニュージーランド-中国での主審など、担当試合が決定。「やり切ったって思えるくらい、グラウンドの上でしっかりパフォーマンスを発揮していきたい」。直前にグルテンフリーなどで調整。体も心も万全で臨み、強く美く、試合を裁く。【保坂果那】

◆桑井亜乃(くわい・あの)1989年(平元)10月20日、幕別町生まれ。幕別小1年から中京大まで陸上に打ち込む。主に円盤投げ。卒業後の12年4月にラグビーを本格的に始め、13年1月に7人制日本代表メンバー初選出。同4月に立正大大学院に入学し、クラブチームのアルカス熊谷入り。代表32キャップ。21年8月で現役を引退してからレフェリー。日本協会公認。