世界ランキング5位の初出場草木ひなの(16=スターツ)は8位だった。45秒間で技を自由に演技する「ラン」で3回の試技を行い、最高得点で競う方式で69.76点を記録した。

「鬼姫」が真夏のパリを駆け抜けた。高速スピードを持ち味とするスケートから、鬼の異名を取る16歳は最終試技まで大技を仕掛け続けた。「やりたいことをちゃんと攻めて行けたので、悔いはないです」と、すがすがしい表情。初めての夏祭典で滑り遂げ「いつもと違う空気で緊張したけど、でも本当にたのしかった」と晴れやかに笑った。

原動力の「負けず嫌い」は幼少期からだった。8歳で競技を始めたが、「スケボーはもともと大嫌いだった」。きっかけはライバルの母ゆりさんだった。「お母さんに負けたくなくて」。地元のパークに通い、黙々と練習に打ち込んだ。同世代がほとんどいない中、年の20歳以上離れた大人たちが格好の教材。「おじさんたちと一緒に練習しています。うまい人と滑らせてもらっているのが良かった」と滑走を重ねるうちにスケートボードのとりこになった。

東京五輪後に台頭したことから「超新星」と表現されることもあるが、着実にステップアップを重ねてきた。競技開始からわずか4年の21年に日本選手権制覇。そこから史上初の3連覇を果たした。23年9月の中国・杭州アジア大会では初出場で金メダルを獲得。今年は膝のケガに悩まされて思うような結果を残せなかった時期も続いたが「笑顔で楽しむ」という原点に立ち返り、東京五輪金メダルの四十住さくら、同銀メダルの開心那に次ぐ日本勢3枠目で切符をつかみとった。

大会前には「悔いが残らないように戦い」と笑顔で話していた茨城・土浦日大高の1年生。花の都で過ごす、最高の夏休みとなった。

◆草木ひなの(くさき・ひなの)2008年(平20)4月4日生まれ、茨城・つくば市出身。土浦日大高1年。母ゆりさんの影響により8歳で競技開始。13歳だった大穂中時代の21年に日本選手権初優勝後、史上初の3連覇中。22年アジア大会杭州大会は金。23年世界選手権ローマ大会銀メダル。世界ランキング5位。攻撃的なプレースタイルから相性は「鬼姫」。好きな食べ物は納豆。161センチ。血液型AB。