2大会連続出場の玉井陸斗(17=JSS宝塚)が2位に入り日本勢悲願のメダル、銀メダルを獲得した。
「最高ですね。今までも日本人初を塗り替えてきたが一番うれしいです。(最終6本目は)自分の中ではオーバーしてしまった印象が強く、入水した時に終わったと思ったが、自分が思った以上の演技ができていた。5本目に失敗して気持ちが揺れていたが、逆におもしろい展開になったと。夢であり、目標を自分がつかみにいこうと思った。楽しい方がいい演技ができる。笑顔でいこうと思った」
1本目88・00点の入りから、3本連続で90点台をマーク。曹縁(中国)との激しい金メダル争いを展開した。しかし5本目、入水で水しぶきをあげて39・10点で3位に後退した。
追い詰められた最終6本目。玉井は高難度の技を鮮やかに決めて、決勝で最高得点となる99・00をたたき出し、合計507・65。この時点で2位以上を確定させた。曹縁には及ばなかったが、見事な銀メダル獲得を果たした。
「出ることが目標」の東京五輪で7位に入賞した。22年世界選手権で銀メダルを獲得し、今年5月の五輪テスト大会で最強中国勢を抑えて優勝。そしてパリで160センチの小さな体が、日本飛び込み界の悲願を達成した。「自分が(日本勢メダル獲得の)第1号に」という幼い頃からの夢をかなえた。
東京五輪から約4カ月後の21年12月。宇都宮市での合宿中にプールの会議室に呼び出され、五輪メダル獲得に向けた重点強化の対象に指名された。日本水連飛び込み委員会では初の試みだ。
ずらりと並ぶ大人たちに「今までよりもっと責任感も重圧も重くなる。大丈夫か」と問われ、当時15歳の玉井は「大丈夫です」と即答した。兵庫・高司中に入学したばかりの19年に日本室内選手権を史上最年少の12歳で制したホープは「中学1年から日本を背負ってきてる。自信はあった」。
下半身を意識した筋力トレーニングで踏み切りや回転の切れを磨いてきた。腰を痛めた昨年の世界選手権は決勝を途中棄権し「悔しい。借りを返すのはパリ」と表彰台への思いを強めた。これからは追われる立場となる。「注目されることを力にしていきたい」。小学1年で競技を始めた頃から才能を認められたエースが歴史に名を刻んだ。
◆玉井陸斗(たまい・りくと)2006年(平18)9月11日、兵庫・宝塚市生まれ。3歳の時にJSS宝塚で水泳教室に通い始め、小1で飛び込みを始める。小5から本格的に寺内健氏らと練習。19年4月に日本室内選手権で12歳7カ月の史上最年少優勝。東京五輪は7位入賞。好きな食べ物は牛タン。家族は両親と兄。160センチ、55キロ。



