フィギュアからパワーリフティングへ 異色転向の友松春奈が見たそれぞれの「当たり前」

フィギュアスケート女子で日本代表として国際大会を戦った経験を持つ友松(旧姓鈴木)春奈さん(29)は現在、パワーリフティングに転向して幅広い活動を続けています。氷の外へ出たことで見えた、フィギュアの「当たり前」。競技によって異なる身体の価値観や、本番への向き合い方、現役スケーターに伝えたいことなどを語りました。

フィギュア




ポーズを決める友松さん(撮影・勝部晃多)

ポーズを決める友松さん(撮影・勝部晃多)


物差しだった全日本



「遠いから、今年は全日本に出ない」

パワーリフティングを始めて間もない頃、仲間からそんな言葉を聞いた。友松には、意味が分からなかった。

「最初に聞いた時は『どういうこと?』と思いました。スケートからしたら、開催地が遠方だから全日本に出ないなんて、あり得ないじゃないですか」

3歳でフィギュアスケートを始め、佐藤信夫、久美子両コーチに師事した。中学1年だった2010年に全日本選手権へ初出場し、14位。翌シーズンにはジュニア・グランプリ(GP)シリーズのブリスベン大会で6位、国際大会のゴールデンスピンで2位に入り、全日本では自己最高の9位となった。

海外遠征では、町田樹や田中刑事、まだ男子シングルの選手だった木原龍一らと一緒になることもあった。18歳で一度競技を離れ、5年後には1シーズンだけ復帰。計15年以上を氷上で過ごしてきた。

フィギュアでは、ブロック大会、東日本選手権を勝ち上がった先に全日本があり、さらに世界選手権や五輪へと道が続く。出場できるのであれば、出ないという選択肢はなかった。

その感覚は、競技を変えてもすぐには抜けなかった。

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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。