1972年ミュンヘン大会以来、52年ぶりの金メダルを目指した男子代表の戦いが幕を閉じました。
パリオリンピック(五輪)準々決勝でイタリアに無念の逆転負け。東京五輪に続く2大会連続の8強となりましたが、世界へ確かな実力を示しました。バレーボール男子日本代表の岸翔太郎広報が、パリでの戦いを前後編で紹介。後編は「男子日本代表広報リポート」の最終回として、敗退後のチームの様子から今後のバレーボール界への思いまでをつづります。
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私自身、こんなにも早く五輪の戦いが終わってしまうとは思っていませんでした。
予選ラウンドの勝ち残り方も想像とは違ったものになりましたし、本当に五輪は普段の大会とは違うということを思い知らされました。
準々決勝はイタリアにフルセットで敗れましたが、ジュースにもつれ込むセットが3セットもある死闘。会場にいた関係者からも今大会のベストゲームだと言われるほどでした。
試合後は、選手、スタッフは熱い抱擁。私も、もうこのチームで活動することはないのだと目頭が熱くなりました。悔しい敗退となりましたが、選手や監督に話を聞くと、全員がすがすがしい笑顔で答えてくれました。
主なコメントをご紹介します。
フィリップ・ブラン監督「準々決勝進出の方法は望ましい結果ではなかったが、イタリアと試合をしてすごくレベルの高い試合が出来た。いろんな選手が出場して良いバレーボールができていた。Creating History Togetherというテーマのもとやってきた。準決勝進出がかなわなかったのが残念だったが、ネーションズリーグ(VNL)での銅メダル、銀メダル獲得、アジア選手権での優勝、五輪予選での切符獲得。これらがあって今のチームがあるということ。またどこかで会えることを願っている。ありがとうございました」
関田誠大選手「プレッシャーもあってそれぞれの想いがあって臨んだ大会だったが、こういう結果となり、一言で言うと僕の中では苦しい大会、悔しい大会でした。」
小野寺太志選手「目標には届かず、悔いが残る大会だった。僕自身も安定したプレーが出せなかった大会だったかなと思う」
高橋藍選手「悔しかった。やりきれたかなというのはあるが、最後ここを突破出来そうな試合だったが、勝ちきれなかった。結果が全てだと思っている。この3年間ここに懸けていたので、悔しい」
深津旭弘選手「負けたけど、日本の集大成を見せられた。最年長として人との関わり方を考えて大会に臨んだ。悔しい気持ちはめちゃくちゃあります。悔しいのでロス五輪も頑張ります」
宮浦健人選手「初めての五輪でいつもと違った雰囲気で、すごく良い経験が出来ました。自分としてはまだまだできることはあるので、これから追い求めていきたいと思う」
大塚達宣選手「東京五輪と比べて、同じ準々決勝でしたが内容が全然違かった。悔しい気持ちはあるが、このレベルまで自分たちが来たと実感はある。あと1点。悔しい思いはあるが、次の五輪に向けてもっと強くなりたいと思った大会だった」
小川智大選手「僕らしくないっちゃないが、このチームでずっとやってきて、「勝ちたい」という思いがすごくあったので帯同した。行かないという選択肢はなかった。五輪に相応しいチームだったと思う。僕が落選した時も次の日、声をかけてくれたのは山本選手だった。イタリア戦後にはコート上でありがとう、最高のプレーだったと伝えた」
富田将馬選手「ずっと一緒にやってきたチームだったし、とても感情が入る大会だった。難しいポジションだし12名に入れなかったことは残念だったが、これを糧に頑張りたいと思う」
ラリー・エバデダン選手「チームのために何か力になれないかというのと、4年後のロス五輪に選ばれた時に活躍できるようにと帯同を決めた。見ていて感動した。コートから感じる緊張感も伝わったし、来て良かった」
甲斐優斗選手「今までの大会とは違って、五輪という大きな舞台を体感できて、いい経験になった。コートに入ってみて、自分のプレーがどう発揮できるかも感じられたので、これからいろんな部分を伸ばしていきたい」
西田有志選手「簡単には勝てない試合だったし、予選を突破出来たのも大きなものだった。イタリア戦は日本バレーとしても成長した部分。次のステップはあの場面でどう勝ち切るかということ。目標は達成できなかったので悔いは残るが、このチームで戦えたことに感謝したい」
山内晶大選手「今年全てを懸けていたし、結果も悔しかったが、楽しんでプレーしようと決めていたので出し切ったかなと思う。やり切った。ただ正直な気持ちは悔しい」
高橋健太郎選手「自分自身、すごく五輪に出たいという気持ちがあった中で、楽しかったし、このチームでここまで来られて準々決勝で全てを出し切って終えられたというのは自分のバレーボール人生の糧になると思う。誇りに思う。藤井さんもベンチにいてくれて心強かった。彼に促されて日本代表に残ることも出来た。欲を言えば勝ちたかったしメダルを取って藤井さんのお墓に持っていきたかった。結果をかみしめて次に進みたいと思う」
山本智大選手「満足のいく結果ではなかったが、このメンバーでやれて幸せだなと思った。悔しい結果だった。改めて五輪は難しい大会だと思う。試合後、泣いていたら小川選手が来てくれて声をかけてくれて、もちろん自分のためにやっていたが、『小川選手の分も』と思ってプレーしていたので顔を見て感極まった。申し訳ない気持ちでいっぱい」
石川祐希選手「結果だけ見ると悔しい五輪だった。選手、スタッフみんな全力を尽くしたし、イタリア戦では僕が最後の1点を取りきれなかっただけと思う。次に向けて強くなることへの思いと、感謝の気持ちでいっぱいです」
現地で1番に感じたこと。それは五輪の独特な雰囲気でした。普段当たり前に出来ていたことが出来なくなるという環境や重圧感。全てが極限状態での戦いでした。そして、選手たちの負担は想像を絶すると思いますが、共に戦うスタッフも極限状態でした。
しかし、無観客であった東京五輪を除くと、このチームがオリンピックの雰囲気を味わうのは初めてです。目標には届かず、選手たちから出た「悔しい」という言葉。日本バレーボール界にとって、すごく意義のある大会になったと感じますし、大きな財産になったと思います。
また4年後にロサンゼルス五輪を迎えます。出場権争いからのスタートになりますが、切符を獲得できればこのパリでの経験が大きな武器となると思います。次の大会は、涙ではなく、笑顔で終われることを願っています。
今大会、選手たちは、会場に鳴り響いた「ニッポンチャチャチャ」の音にパリの地でもホームのような空気を感じていました。この雰囲気をつくってくださった現地のファンの皆さん、画面越しで応援をしていただいたファンの方々、全てその応援が届いており、選手たちの背中を押す力になっています。
このチームでの活動は終わりましたが、「NEXTジャパン」が新たに歴史をつくってくれると信じています。これからも熱い熱いご声援をよろしくお願いいたします!(おわり)
◆岸翔太郎(きし・しょうたろう) 1990年(平2)5月19日、埼玉県志木市生まれ。小学校からバスケットボールを始め、中学時には全国大会優勝。高校、大学と強豪校でバスケを続け、その後テレビの企画制作会社へ。現在は、昨年に続き、日本バレーボール協会広報部撮影班として男子日本代表チームに帯同し、チームの日々の練習や宿舎での様子などを撮影。



