スピードスケート女子1500メートルの高木美帆の銀メダルが、万感胸に迫った。今季W杯4戦全勝でメダルは確実視されていたとはいえ、やはり五輪という特別な舞台で実現すると感慨深い。短距離の瞬発力と、長距離の持久力が必要とされる1500メートルは「キング・オブ・スケート」と呼ばれ、特別な重みがある。この種目で日本人が再びメダルを手にしたこともうれしかった。

 得意な距離に特化するスペシャリスト主流の時代に、高木はあえて全種目をこなすオールラウンダーの道を選んだ。短距離と長距離では必要とされる筋肉や能力が異なり、「陸上選手が100メートルから1万メートルまで走るようなもの」と言われる。それでも彼女は『すべての種目を滑る』というスピードスケーターの究極の美学を貫いてきた。銀メダルはその尊い覚悟と、肉体の限界を超えた努力の結晶でもある。その姿は五輪銅メダリストで、同じオールラウンダーとして一時代を築いた橋本聖子に重なる。

 1992年の同じ2月12日、私はアルベールビルでやはりこの日と同じ女子1500メートルのレースを取材していた。第3組を滑り終えた橋本は、この時点で2位。あとに14組も残っていた。順位を1つ下げて迎えた最終17組。この大会で短距離2種目を制したボニー・ブレア(米国)がスタートから飛ばした。だが、700メートルまで最速ラップを刻んだ女王は、後半にガクッと失速した。この種目の過酷さを象徴するシーンだった。この瞬間、橋本の冬季五輪日本女子初のメダルが確定した。

 実は2時間に及んだレース中、私は記者席で「聖子にメダルを」と、ずっと神に祈っていた。彼女のオールラウンダーとしての意地、過酷な練習を目の当たりにしてきたからだ。氷上練習だけでなく、何時間も自転車をこぎ、さらに筋トレと、気絶するほど自分を追い込んだ。大会で全5レースを滑り終えると体重は3キロも減った。「1つもメダルがないのはかわいそうだから、神様がくれたのかも」という彼女のレース後の第一声に、私は本当にそうなのではないかと感じた。

 こんなしんどい道を選ぶ日本人はもう現れないだろうとずっと思っていた。だから、この種目26年ぶりの日本人メダリストの誕生はうれしい誤算でもある。橋本は期待された2日後の1000メートルで5位に終わり、2つ目のメダルを逃している。その後も冬季五輪で1大会に2つのメダルを手にした女子選手はいない。だから高木には残る1000メートル、団体追い抜きで、新たな歴史をつくってほしい。

 そういえばアルベールビル大会第5日で日本勢初のメダルとなった橋本の銅メダルは、日本チームを一気に勢いづけた。ノルディックスキー複合男子団体が金メダルを獲得するなど、過去大会の通算メダル数に並ぶ7個のメダルを量産した。平昌大会第4日のこの日、沈黙を続けていた日本に高木の銀を含めて3つのメダルが誕生した。26年前のように、この2月12日から日本のメダルラッシュが始まる予感がする。【首藤正徳】