鬼気迫る演技に吸い込まれるようだった。フィギュアスケート男子フリー。羽生が滑り終わった瞬間、鳥肌が立った。けがから3カ月の苦闘を思えば、それだけで金メダル。2連覇の記録以上に記憶に残る五輪王者の誕生だった。

 「NO・1」より「Only one」。採点競技の選手たち、特に異次元で争うトップ選手の思いは、凡人には分かりにくい。陸上などのタイム競技、柔道などの対人競技、サッカーなどのボールゲーム…。彼らは「NO・1」になるため「誰よりも速く」「誰よりも強く」を目指す。しかし、フィギュアや体操の選手たちが目指すのは「NO・1」だけではない。

 羽生は「4年前のリベンジ」と言った。確かにソチ五輪の金は他の選手のミスもあってのもの。羽生自身もジャンプでミスし、見ているこちらも「取れちゃった」という気持ちが少しあった。それでも、金は金。「NO・1」の思いがあって当然だが、本人は満足せず「悔しい」と言った。4年間、それを糧にした。

 スノーボード・ハーフパイプの平野や羽生は「圧倒的に勝ちたい」と言った。ただ勝つだけではなく、中身が問題だと。体操の内村は「記録には興味ない。記憶に残る勝ち方をしたい」と話した。平野は4回転の連続に、羽生は4回転の跳び方にこだわった。伊藤みどりさんや浅田真央さんがトリプルアクセルにこだわったように。そういう「こだわり」を知るから、彼らの演技は輝いて見える。

 羽生は4回転ループとルッツを封印した。けが明けで無理ができなかったのだろうが、逆に失敗やけがのリスクは避けられた。団体の回避と合わせ、怒られるかもしれないが、結果的にはけががプラスになったのかもしれない。ただ、この日「Only one」の演技をした羽生にも「やり残した」思いはあるはず。今後、4回転ループとルッツを大舞台で成功することに「こだわる」かもしれない。

 この日、2年後に夏季五輪を控える東京の街は沸き返った。地下鉄でも、喫茶店でも、羽生の名を耳にした。「国民栄誉賞を」の声も聞こえた。表彰をするなら、冬季五輪の個人種目で日本初の連覇ではなく、競技に対する姿勢や考え方、そして国民を感動させたことを評価してほしい。柔道の山下泰裕氏も金メダルは1個だったが、モスクワ五輪のボイコットとけがに負けずに獲得したことがたたえられた。「NO・1」の記録ではなく、我々に残した「Only one」の記憶こそ「国民栄誉賞」にふさわしい。【荻島弘一】