サッカー男子日本代表が、1次リーグ突破の可能性を残した。初戦ナイジェリア戦を落とし、負ければ敗退だった背水のコロンビア戦で2-2の引き分け。0-2の後半22分にFW浅野拓磨(21=アーセナル)、同29分にMF中島翔哉(21=東京)が起死回生の同点弾を決めた。自力通過こそ消滅したものの、10日(日本時間11日)の第3戦スウェーデン戦に望みをつないだ。

 ゴールへの軌跡を瞬時に描いた。負ければ敗退の一戦で1点ビハインドの後半29分、FW興梠のパスを受けたMF中島が反転して前を向く。その瞬間、GKが「出すぎているのが見えた」。左にフェイントをかけてから右に持ち出し、ペナルティーアーク手前で右足を振る。ボールはGKの右手をかすめて24メートル先のクロスバーの下をたたき、力強くゴールラインを割った。

 「絶対に諦めたくなかった」。背水の日本を救う背番号10のミドル弾に、日系人が詰めかけたアマゾニア・アリーナはホームのように沸いた。ブラジル人も、隣国コロンビアより攻勢の日本を応援。その中で得点して人さし指を突き上げた中島だが、笑顔はない。「前半のチャンスを決めれば勝てた」。0-2から引き分けに持ち込み、首の皮1枚つなげたのはアジア最終予選MVPの意地だった。

 勝ち切れなかったが、五輪でのゴールで母こずえさん(46)に恩を返した。6歳の時に離婚。借金を背負い、勤め先の倒産に遭いながらも働き、女手一つで最大5つものサッカースクールに通わせてくれた。このブラジルにも中学時代に3度、留学。「翔哉が『ブラジルでプロになる』と泣いて、日本に帰ってこようとしない時もあった」。そう笑う地での同点弾だった。

 中島は高校3年だった12年10月に東京Vとプロ契約を結ぶと「いつか大きな家を買ってあげるね」と約束した。約4年後、五輪メンバーに選ばれた7月1日の直前にも母を喜ばせた。内緒で都内に一戸建てを買ってプレゼント。五輪後の9月に都営団地から引っ越し予定で「夢みたいな親孝行」と喜ばせた。この日は伯父の幸人さん(49)と観客席で見届けた母にプライスレスの得点を贈り「まさかゴールまで見られると思っていなかったので、涙が出た」と、また親孝行した。

 手倉森ジャパン最多の19点目を挙げて上り調子の中島は「母にメダルを持ち帰る」と決めている。まだ遂げておらず、スウェーデン戦へ「可能性がある限り精いっぱい楽しみたい」。頼もしい息子は今、2大会連続の1次リーグ突破への鍵を握っている。【木下淳】

 ◆サッカー男子大会方式 1次リーグは16チームが4組に分かれて行い、各組上位2チームが準々決勝に進む。各組の順位は<1>勝ち点<2>得失点差<3>総得点の順で決め、それも並んだ場合は当該チーム間の勝ち点、同得失点差、同総得点、抽選の順。