まとわりついていた不安を振り払った。男子100メートルで9秒98の自己記録を持つ桐生祥秀(25=日本生命)は予選、準決勝を1着通過した。予選は全体トップの10秒12(向かい風0・4メートル)。準決勝は10秒28(同0・9メートル)。5月下旬に右アキレス腱(けん)を痛めていた。以降は満足に走り込めない苦難の調整を強いられていたが、3位以内で東京五輪代表に決まる25日の決勝に、自信を持って立てる結果になった。

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信じ切れなかった右足は強く地面を蹴ってくれた。スタートラインに立てばアキレス腱(けん)の「痛みは感じない」。支えられた桐生の体は、いつものように力強く前へと進んだ。向かい風0・4メートルで、最後は流した予選。タイムは10秒12。堂々の全体トップだ。「足は気にしない。あと2本絶対持つ」。フィニッシュラインを駆け抜けた後は、テーピングの巻かれた右足を少し気にするしぐさもあったが、大丈夫。十分に戦えると確信できた。

約4時間後の準決勝。タイムは平凡だったが、小池、ケンブリッジとライバルに勝ち切れた。中盤から伸びた。連続で1着。「着順で決勝に進めるのは気持ち的にはいい」と話した。

絶対に外せない決戦を前に試練が訪れた。5月下旬。右アキレス腱(けん)に痛みが走った。それからは、ほぼ走り込めない。6月6日の布勢スプリント予選では追い風2・6メートルの参考記録ながら、10秒01をマークし、ひと安心したが、その後も患部の痛みは引かない。桐生は立った状態からかかとを地面につけたまま、お尻を真下に落とすとバランスを崩し、後方に転ぶ。和式トイレも苦手だ。その硬い足首が地面から受ける反発の力を逃さず推進力に変えている。いわば、アキレス腱(けん)は強さの源。それが揺らいだ。

しかし、どんな苦境でも悲観せず、安定したメンタルを保ち、結果にムラがないのが近年の成長だ。満足に走れない日々で、痛みを消す事を最優先の調整。自暴自棄にはならず、できることに集中。アイシングと超音波治療を重ねた。今季は3月の日本室内選手権60メートルで左膝裏に違和感が出た。5月には国立競技場での東京五輪テスト大会で、フライングを犯し失格。まさに苦難の連続。過去には大舞台に弱いと言われたこともあるが、今は違う。記録には出ない進化が詰まっていた。

「明日も無事に走りたい」の言葉は万全でない証明だが、すべてが懸かる一発勝負の決勝。強気に攻めるだけだ。「痛いとかは言っていられない。1本集中してタイムを上げていきたい」。その1本に全てを尽くす。【上田悠太】

◆男子100メートルで東京五輪代表切符をつかむには? 五輪の参加標準記録の10秒05を突破し、今回の日本選手権で3位以内に入れば代表選手に決まる。山県、サニブラウン、桐生、小池、多田の5選手は既に記録をクリアしており、タイムに関係なく3位までに入ればOK。残る柳田、デーデー、東田の3選手は、10秒05を突破した上での3位以内が求められる。