数日前、「国際オリンピック委員会(IOC)は、東京オリンピック(五輪)期間中、選手に会見出席を義務づけていない」とのニュースが報じられた。女子テニスで、世界2位の大坂なおみ(23=日清食品)が、「選手の精神的なケアがおろそかにされている」とし、全仏の会見拒否を宣言し実行した。その行動を想定しての報道だろう。

テニス選手が五輪で最も戸惑うのは、賞金がないことや、世界ランキングのポイントがつかないことではない。テニスではほとんど採用されていないミックスゾーンという取材システムだ。ミックスとは言葉どおり、報道陣と選手がミックスするという意味で、ミックスゾーンはその場所だ。

選手は試合が終わると、柵で区切られた通路へと係員に誘導される。その通路を必ず通って、帰らなくてはならない。その通路がミックスゾーンで、途中で、各国のテレビ、記者が必要な選手を止め、取材という立ち話を行うのだ。注目選手だと、報道陣が殺到し、3密どころではない。だんご状態で、出遅れると、選手の声さえ聞こえない。

テニスは選手や報道陣が、部屋でお互いに座って取材をする「会見」がほとんどだ。試合前に、取材に必要な選手の会見を申請することで、会見が可能となり、申請された選手は規則上、拒否できない。これは、筆者が4大大会の取材を始めた80年代から変わらないシステムである。

しかし、他の競技を取材すると、テニスのシステムだけが例外だと分かる。大半の競技が、五輪と同じ、ミックスゾーンというシステムを採用している。会見がある場合は、優勝やメダリストだけに限られることがほとんどだ。

日本では独特の「囲み」や「ぶら下がり」といった取材手法も加わる。「囲み」とは、取材対象者を言葉どおり記者が囲み、立ち話をする。ぶら下がりは、歩いている対象者に平行しながら歩き、話を聞く。プロ野球など、この取材手法が大半だ。

恥を忍んで言えば、筆者は80年代、4大大会で同じ手法を行ったことがある。それが万国共通の取材方法だと思っていたのだ。大会やツアーの広報に「何をやっているんだ。選手に会見を頼んだら、もう話をしたと言っていたぞ」とこっぴどく怒られた。「今度やったら、2度の日本選手は会見に連れてこない」とも言われた。初めて囲みやぶら下がりが、日本独特のものだと知った。

大坂は28日開幕のウィンブルドンを欠場すると表明した。所属事務所は東京五輪が復帰の舞台だと言っている。会見は義務ではないが、ミックスゾーンは通過せざるを得ない。大坂は、ミックスゾーンなど、聞いた事も経験したこともないだろう。柵を隔てるだけで、報道陣が殺到してくる。無数のマイクが突き出され、会見よりも恐怖は倍増だ。関係者は、事前に対応策を考えておく必要がありそうだ。【吉松忠弘】