【無料会員記事】村田浩明監督の両親が切り盛り 横浜高校の寮は「第3の場所」/前編

今春のセンバツ高校野球で全国優勝を飾った横浜(神奈川)村田浩明監督(38)が「家族の力」に支えられ、2018年の大阪桐蔭以来となる春夏連覇へ挑みます。今年5月24日の春季関東大会準決勝で専大松戸(千葉)に敗戦。昨秋の新チーム結成から続いた公式戦の連勝記録は27でストップしましたが、夏の頂点も目指し再スタート。第107回全国選手権神奈川大会は7月7日に開幕、横浜は11日に荏田―横浜氷取沢の勝者と初戦を迎えます。史上9度目となる偉業達成へ、村田監督がキーワードにした「家族の力」とは―。2回に分けて連載します。

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◆村田浩明(むらた・ひろあき)1986年(昭61)7月17日、神奈川・川崎市出身。横浜では2年時に正捕手として涌井秀章(現中日)とバッテリーを組んで03年センバツ準優勝、04年には主将として夏の甲子園ベスト8進出。日体大へ進学し、卒業後は霧が丘で野球部長として4年、白山では7年間、監督を務めた。21年の夏には監督として初めて甲子園出場を果たし、2025年の春の選抜高校野球では母校を19年ぶり4度目の優勝へ導いた。保健体育教諭。

■「これでやっと、本格的な練習ができるというのが本音です」

横浜市金沢区の横浜高グラウンド。監督室で取材に応じた村田監督が、夏を勝ち抜くために必要な力として、真っ先に挙げたのは「家族の力」だった。

村田監督私も選手もいろいろな方に支えられていますが、特に家族に支えられて、今があります。

家族の存在は大きなモチベーションです。センバツで優勝できたのも家族の力があったからこそだと思っています。もう1回、恩返しする気持ちを持って、夏を戦いたいです。

2025年3月のセンバツで優勝し、落ち着く間もなく関東大会。腰を据えて練習する期間がなかったという。無敗だった最強軍団が敗れ、ニュースでも取り上げられた。

ただ、村田監督は記録については、さほど意識していなかったという。「関東大会はすごく悔しかったですが、連勝の記録については、いつか止まるものだと。負けはしましたが、新戦力の成長や戦力の見極めなど、収穫もありました。これでやっと、本格的な練習ができるというのが本音です」。

平日は午後2時45分から練習開始。村田監督は再スタートにあたって「ファンダメンタル」(基礎的な技術、能力の向上)をテーマに掲げ、ランニング、打撃、守備など、徹底した基本練習に時間を費やしている。

守備練習前の塁間のボール回しでは、野手は両手で捕球し、相手の胸へ投げる反復練習。少しでも送球がそれれば、選手間で厳しく指摘し合う場面があった。

ブルペンの投手陣の投球練習では、投球の基本となる外角低めの速球を中心に投げ込んでいた。

村田監督選手にはファンダメンタルを大事にしようと言っています。とにかく投げる、打つ、走る基礎、基本練習をしっかりやっていこうと。特別なことは一切、やらない。走塁なら一塁まで全力で駆け抜ける。一生懸命、プレーする。

基本ができないと応用でもできないですから、夏の本番までに基本的なことを徹底してやっていこうと思っています。

村田監督は選手がパフォーマンスを発揮する上で、もう1つポイントに挙げているのが「第3の場所」としている寮での生活だ。

現在、野球部寮で寮母を務めているのは、村田監督の母・友子さん(66)。父・洋一さん(66)も友子さんを手伝い、選手の食事など身の回りの世話をしている。

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平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。