名審判員・西貝雅裕さんの告白 審判は高校野球になくてはならない存在/前編

高校野球を支える審判員の実情に迫りました。西貝雅裕さん(60=大阪・太成学院大高保健体育教諭)は春、夏の甲子園大会決勝の審判を務めるなど、21年間、高校野球に貢献し、ファンの間では知る人ぞ知る名物審判でした。一昨年の夏の甲子園を最後に勇退しましたが、試合中の「リプレー検証」導入について、どのような考えを持っているのでしょうか。昨今、微妙な判定について、SNSなどで批判される時代。ボランティアに近い形でサポートする審判員の苦悩などを聞きました。3月には第98回選抜高校野球大会が開幕します。華やかな舞台の裏で奮闘する審判員の人たち、高校球児と一緒に応援してもらえればと思います。2回に分けて連載します。

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★記事の見所

  • 審判が最も印象に残るのは「ミスした試合」
  • 2023年センバツ準決勝での痛恨のジャッジ
  • 誤審を防ぐバイアス対策とアドバイス
西貝さんは甲子園の春、夏合わせて決勝5試合で審判を務めた経験がある

西貝さんは甲子園の春、夏合わせて決勝5試合で審判を務めた経験がある

◆西貝雅裕(にしがい・まさひろ)1966年(昭41)1月8日生まれ。仙台高―日本体育大学。89年から大阪・太成学院大高の保健体育教諭。97年からアマチュア野球の審判員を務め、元日本高野連審判規則委員。2025年、高野連から審判委員永年功労者表彰を受けた。02年から日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング指導士。全日本大学野球連盟審判幹事、日本野球連盟規則・審判委員会特別委員。ベースボールクリニック「審判員のメンタルトレーニング」連載。大阪体育大学大学院在籍。

甲子園で150試合以上を経験「思い出に残る試合は、ミスした試合」

西貝さんが甲子園大会で審判デビューしたのは2004年8月、第86回大会の明徳義塾(高知)―盛岡大付(岩手)戦の二塁審判だった。それ以来、春は20年、夏は21年間、合わせて150試合以上を経験。甲子園球場のスコアボード、審判を紹介するアナウンスで「西貝!」の名前を知っているファンもいるだろう。

数々の試合を経験した中で、思い出に残る試合について質問した際の西貝さんの答えが、審判員の厳しさ、難しさを物語った。

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平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。