【日本ハム池田隆英】悔しいシーズン「やり返してやろう」肉体改造しラストピースへ

日本ハム池田隆英投手(31)がエスコンフィールドで契約更改交渉を行い、今季年俸5700万円から500万円ダウンの5200万円でサインしました。今季は開幕1軍も、24試合登板で防御率2・45。6月18日の巨人戦(東京ドーム)の7回に2番手で登板し、1回持たず2安打1四球1失点で降板して以降は、1軍登板はありませんでした。悔しいシーズンを振り返りながら、来季への課題や、自己最大の増量に取り組んでいる現状などを語りました。(金額は推定)

プロ野球

★池田選手が語った主な内容

  • 今シーズン感じた課題、来季に向けた修正点
  • 過去最高体重になった肉体改造。増量法は?
  • フェニックスリーグで感じた来季への手応え

◆池田隆英(いけだ・たかひで)1994年(平6)10月1日、佐賀県唐津市生まれ。創価では甲子園出場なし。創価大4年秋のリーグ戦で最多勝、最優秀防御率。16年ドラフト2位で楽天入団。2年目の18年4月15日西武戦でプロ初勝利。19年オフに育成契約も、20年オフに支配下復帰。21年2月27日に横尾と1対1の交換トレードで日本ハム入団。23年にはチーム最多の51試合に登板し、防御率2・86。今季は24試合で0勝3敗、防御率2・45。プロ通算141試合で8勝27敗、防御率3・87。181センチで公称87キロ。右投げ右打ち。

 

 

「やり返したろうと思って」

-サインしましたか

はい。

-サインした時の心境は

そうですね、話し合い…話し合い終わって落ちたんで、やり返したろうと思ってサインしました。

-球団からかけられた言葉は

そうですね、振り返ってみてどうだったかっていう問いに対して、やっぱ物足りないという話をした時に同じ意見だったんで、やっぱり来年やり返してやろうっていう風に、今はそういう気持ちですね。

-非常に悔しさの残るシーズンだと思うんですが、改めてその中から学んだことや、逆にプラスに持っていきたいとこころは

いろいろ試しながら投げましたけど、そんなことより最後ほんと、なんて言うんだ、ラストピースになれきれなかった、状態を上げきれなかったところにすごい悔しさがあるので。

1年間戦うのは難しいですけど、その中でもしっかりコンディションを保って年間戦えるようにっていう風に今は思っています。

6月18日、巨人戦に2番手で登板も1回持たず降板。これ以降1軍登板はなかった

6月18日、巨人戦に2番手で登板も1回持たず降板。これ以降1軍登板はなかった

「ファイターズ優勝の一員になれるように」

-今シーズンの経験を経て、改めて来シーズンはどういうところを、どういうピッチャーになりたいという思いですか

そうですね、またチームに勢いをつけられるような、そんなピッチングができればなっていう風に思います。

-特別、何かオフにこだわってこういうところを強化したいとかありますか

特別なくて、全体的に強くするっていうところを持って取り組んでいきたいと思っています。

-ファンの皆さんの間ではやはり池田投手は勝ちパターンのイメージがあると思うんですけども、来シーズン投げる時には勝ちパターンで投げたい思い、そのあたり聞かせていただけないでしょうか

もちろん、やっぱり投げるなら勝ちパターンで投げたいですし、また負けてる展開であってもチームを勝ちに導けるような、勢いをつけられるような、そんなピッチングができればなっていう風に思います。

-ファンの皆さんに向けて決意、覚悟含めてメッセージいただけますか

うわ、難しい…。そうですね、えーと…いやもうほんと、今話した通り、ラストピースになりきれなかったんで、しっかり状態を上げて、ファイターズの優勝に、その一員になれるように頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。

4月、「親子でグラブづくり体験」を企画し、子どもたちと交流する池田

4月、「親子でグラブづくり体験」を企画し、子どもたちと交流する池田

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1983年生まれ。岐阜・多治見出身。05年に北海道日刊スポーツ新聞社へ入社。総務部を経て11年1月から日本ハム担当。21年4月から東京勤務で遊軍。23年12月に北海道へ帰任し、再び日本ハム担当。
幼少期から中日ファン。人生初の野球観戦はナゴヤ球場の右翼外野席最前列。初めて買ってもらったメガホンを、目の前のフェンスにたたきつけながら応援して壊してしまった記憶がある。三塁側内野席で観戦した時は、外野席のように声を張り上げて応援していると「よく頑張っているね」と初見のおばさんからみかんを頂いたのも、いい思い出。あの時に憧れたカクテル光線に照らされた非日常空間が職場となっているのは、今でも不思議な感覚。