どん底の宮原知子を抱き締めた「リーザちゃん」 輝く露ベテランの言葉に思わず涙が

何気ない言葉の中に「今」の人柄がにじむことがあります。フィギュアスケート宮原知子選手の言葉もそうでした。心が苦しかったときにかけられた言葉に救われ、「代表」という結果には表れずとも、取り戻した前向きな思い。7行のコメントにつながる彼女の心の変化が伝わります。(2022年1月14日掲載。所属、年齢など当時)

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7行のコメントには、その人柄がにじんでいた。2022年1月14日。都内で行われた日本スケート連盟理事会の取材に出向くと、資料を手渡された。この日、18年平昌オリンピック(五輪)4位入賞の宮原知子(23=木下グループ)が4大陸選手権(18~23日、エストニア・タリン)を体調不良のため欠場し、北京五輪も補欠から外れるという内容が承認された。

大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。