【本田太一の挑戦〈上〉】銀盤に別れ「ちやほや」されない世界で仕事に燃える

フィギュアスケーター本田3姉妹、真凜、望結、紗来の兄、本田太一。20-21シーズンを最後に銀盤に別れを告げた。別の世界で奮闘する元フィギュアスケーターが見ている景色とは。上下編の上。(21年12月16日配信。年齢、所属など当時。敬称略)

フィギュア

全日本選手権 男子フリーの演技を終えた本田太一(右)は涙で日野と抱き合う=2020年12月26日

全日本選手権 男子フリーの演技を終えた本田太一(右)は涙で日野と抱き合う=2020年12月26日

「限界かな」最後の全日本

涙を流したあの日から、まもなく1年になる。

11月下旬、スーツ姿の新社会人は奈良にいた。本社のある東京から出張で出向き、翌日から佐賀、福岡、愛知、香川を立て続けに巡った。元フィギュアスケーターで23歳になった本田太一は、こう照れ笑いした。

「春は物思いにふける時間もありました。たまに演技をしている自分を映像で見ると『よく頑張っていたな』って思います。でも、それも『昔の自分だな』と感じるようになりました」

休日だった前日、関西にある実家へと立ち寄った。

つかの間の家族だんらんだった。明大2年になった真凜、女優と競技に取り組んできた青森山田高2年の望結、兄や姉が卒業した大阪・関大中で2年になった紗来。現役スケーターである3人の妹と、珍しく人生について語り合った。気づけば、3時間が過ぎていた。真凜は兄の姿を、少し誇らしい気持ちで見ていた。

「もともと周りの3歳上の方よりも『大人だな』とは感じていました。まだ社会人として半年しかたっていないけれど、ゆっくり話してみて、考えがしっかりしているなと思いました」

本文残り69% (1141文字/1651文字)

大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。