【鍵山正和 ~哲~〈2〉】篠原泰良の弾んだ声に答えはあった 最適解導くコーチング

北京オリンピック(五輪)フィギュアスケート男子で、日本史上最年少メダル(個人銀、団体銅)を獲得した鍵山優真(20=オリエンタルバイオ/中京大)。その指導に就く父、鍵山正和コーチ(51)の哲学に迫る連載「鍵山正和 ~哲~」の第2回は、6月の福岡での練習風景から、その指導のルーツをたどります。米国を拠点にする篠原泰良(17)へのジャンプ指導にも、スケーターとして歩んできた道のりが刻まれていました。(敬称略)

フィギュア

〈鍵山優真の父、正和コーチの指導哲学に触れる連載:第2回〉

6月、福岡県内で行った合同練習。会話しながらシューズを脱ぐ鍵山(左)と篠原

6月、福岡県内で行った合同練習。会話しながらシューズを脱ぐ鍵山(左)と篠原

篠原が申し込んだ合同練習、スポットレッスンも依頼

「グランプリファイナルで会おうね」

正和はそう優しく声をかけた。

その激励に、篠原の気持ちは高ぶった。

6月の中旬、福岡県福岡市のオーヴィジョンアイスアリーナ福岡でのことだった。

米国・シカゴで生まれ、日本人の両親を持つ篠原が、憧れの優真にSNSのダイレクトメッセージで合同練習のお願いをしたのが3月。直接の面識はなかったが、優真が快諾し、福岡での1週間の短期合宿に合流する運びとなった。

リンクサイドで故障から順調に回復していく息子の姿を見ながら、ともに滑る篠原のことも、正和は見つめていた。

安定しない3回転フリップ-3回転トーループの連続ジャンプ。その改善の糸口を求めるように、篠原は正和にスポットレッスンを依頼し、合宿の中盤に1時間の指導時間が予定されていた。

正和にとっては、そこで的確な助言を送るために欠かせない、観察の時間でもあった。

本文残り84% (2814文字/3336文字)

スポーツ

阿部健吾Kengo Abe

2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。