【プロ注目球児が歩む異色の経歴〈上〉】1年で143キロ左の大器、50mは5秒9

プロ注目だった高校球児は、ラグビー、そしてアメリカンフトッボールへと戦いの場を移した。アクシデントに負けず、ひたすら前へ進む黒川ラフィの物語。夢を追うのに終わりはない。上中下編の上。(21年9月28日配信。年齢、所属など当時)

ラグビー

今から11年前。全国有数の高校野球激戦区として知られる福岡で、1人の左腕がまばゆい輝きを放った。

大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。