【俺たちの青学大〈5〉】1区まさかのブレーキ…雪辱3年目「ゲームチェンジャー」に
来年1月に箱根駅伝4連覇を目指す青学大。1年時から主力を担ってきた小河原陽琉(ひかる、3年)が、雪辱の3年目に燃えています。ルーキーイヤーの箱根路で鮮烈デビューも、2年目の大学3大駅伝はまさかのブレーキを連発。苦い経験を肥やしに変えるスピードランナーは春には海外レースも経験。目標に掲げる「ゲームチェンジャー」となるため、再びトラックシーズンから走り込んでいます。
陸上
◆小河原陽琉(おがわら・ひかる)2005年(平17)11月5日、千葉県生まれ。地元の陸上大会で上位に入ったことをきっかけに本格的に競技を開始。蘇我中から八千代松陰高に進み、3年時は全国高校駅伝3区区間11位でチーム3位に貢献。大学進学後は箱根駅伝で1年生ながら10区区間賞。2年時は関東インカレ2部1500メートルで準優勝した。1万メートル自己ベストは28分37秒01。好きな食べ物は油そば。174センチ、61キロ。
もう、失速ごめん…5000メートル自己新も反省
もう、失速はごめんだ。
4月26日の日体大記録会の中でも、世界ランキング対象となるカテゴリーの「NCG」男子5000メートル。小河原は自己ベストの13分37秒09の組トップでフィニッシュした。
だが、ゴール後の表情は曇っていた。
目標だった6月の日本選手権5000メートルの参加標準記録まで1秒09届かず。
実業団や大学屈指のランナーがひしめく厳しいレースと分かっていたからこそ、積極的に前に出た。
「少なからずどっかで自分も先頭に出なきゃいけなかった。自分がもっと引っ張って(前に)出たらよかったんですけど、そういった勇気とか余裕が自分にはまだなくて、力不足であと1秒という結果になってしまった」。
原晋監督(59)からは「いいレースというより、強いレース。駅伝につながってくる」と前向きな言葉をかけられた。
それでも、小河原の表情は硬いままだった。
先輩ランナーに頼らず、自ら早い段階でレースをつくるべきと反省した。
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神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。
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