『アスリートのセカンドキャリア』。
よく耳にするこの言葉だか、アスリートならほとんどの方が直面する悩みだ。
私も3年前に引退すると決めてからすぐに次のステージへ行く準備をはじめた。年齢も30歳を越え、ライフスタイルもどう変化していくかわからない状況ではあったが自分がやってきた経験を元にトライアスロンの普及やアスリートの社会価値を高める活動がしたい、そしてトライアスロン選手の次のステージに行くための器を作りたいという思いを胸に新たなスタートを切った。
幸い、ご縁があり業務提携やサポートしてくださる企業がいて今、成り立っている。しかし、自分が求めていることにはまだ及んでいない現実もある。
トライアスロン競技のみ取った場合、陸上や団体スポーツにはある企業がアスリート社員を抱える『実業団』が数少ない。
ほとんどの選手がプロアスリートとして活動していたり、アルバイトをしながら競技生活を送っている。
実業団の場合には引退後に社業に専念するケースも多くあるが、プロアスリートなどは引退後に就職活動が待っている。
知人のアスリートは、20代前半で引退後、一般企業10社に履歴書を送ったが1社も返答がなかったという。アスリートは社会に認めてもらえない存在なのか。
私はそうではないと信じたい。アスリートだったからこそのバイタリティーは社会や会社の役に立てること、やってきた競技に対しても多いに還元できると感じている。
トライアスロン仲間に引退後の話を聞いた。
西麻依子さんは、アスリートからコーチングへシフトした。大学生の時から約20年もの間、トライアスロンに携わり世界学生選手権や国民体育大会、日本選手権でも活躍する傍ら、クラブチームのコーチングや大学生のコーチングを行いながら競技と両立していた。
その経験を生かし、現在は主にパラトライアスロン選手のサポートやクラブチームのコーチ、トライアスロンの普及活動をしているが、自身のスキルを伝えることのやりがいの他にもさまざまな苦悩に直面したと話していた。
「アスリートでした経験はエビデンスがないものだから、自分以外の選手に当てはまるかはわからない。なので、まずは基礎を勉強するために、引退後はコーチングにいかせるさまざまな資格を取り、勉強しました。クラブチームでの指導の際は、実力や目標も十人十色なので、工夫したメニューを提供することを心がけています。パラトライアスロン関係では未知の世界なのでまだまだ苦戦中。今までやったことのない仕事にもチャレンジさせてもらってます。正直、時々自分は無能なのではと落ち込む日もあります。けれど、1番はコーチやアドバイザーとして、選手やお客さまのために自分のできることやるべきことを全うすること。経験値をさらに積んで、臨機応変に対応できるように努力しています。価値観は人それぞれですが、アスリートの価値を高めたり、その後の人生での活躍先を広めていく必要があると感じています。これから引退する子たちのためにも、引退後の職業選択の幅が広がるよう、自分にできることを見つけ、学びたいです」
蔵本葵さんは、小学5年から昨年度まで22年間にわたりトライアスロンに競技として取り組み、高校時からはジュニア・U23・エリート選手として日本代表に選出され世界を転戦してきた。その傍ら、大学時からは資格を取得し所属チームにてジュニアや一般愛好者に対して指導を行ってきた。競技実績のみならず、海外レースの経験も豊富であるため、現在は西さんと同様、パラトライアスロンのアシスタントコーチや所属チームのコーチング、また、今期は国民体育大会で東京都代表監督を務めた。
「長年トライアスロンに携わる中で次のステージを考えた時に、コーチが真っ先に浮かびました。元々アスリートでありながらもコーチングの資格を取得したり、指導はしていましたが、自分自身が思い悩んだ時にはひとりで進むのではなくて、いつも隣にはコーチの存在がありました。ともに考え、相談し、歩んできた過程は私自身の糧になっています。今、振り返ると、ひとりでは難しい挑戦もコーチの存在に支えられて達成できたと思います。今は国際舞台に挑戦したいという選手たちを今度は私がサポートしていきたいと思い、コーチ業に励んでいます。もちろんうまくいなかったり、悩む時もありますが、アスリート時代に培ってきたチャレンジャー精神や貫く気持ちを大切に学び続けていきたいです。所属チームや今年度の国体では学んでいることが少しずつですが実現できて、選手とともに成長を実感できて楽しく、やりがいを感じています。失敗することもあるけど、挑戦する機会を与えてくれるチームに感謝して、これからも学び続けます」
高嶺直美さんはエリートカテゴリー(オリンピックを目指すこと)を引退後、昨年末に長女を出産。今年8月にはエージカテゴリー(年代別)で世界選手権に出場し、10月にはエージカテゴリーの日本選手権にも出場した。
彼女は母親からの視点でもアスリートの引退後について話してくれた。
「私は、出産前から世界選手権に出場が決まっていたのでそこに向けて、まずはトレーニングを再開しました。現役の時と比べると身体は動かなくてもどかしい時もあるし、出産後にレースをでた時に今まで負けたことのない人たちに惨敗。自分自身の目標も笑顔でフィニッシュすることでしたが出来ませんでした。しかし、10月の日本選手権はトライアスロンが楽しく思えて。旦那がバイクショップをやっていることもあり、元々エージグルーパーの方々とトレーニングをしたり、その方々にコーチングすることがあったので、みなさんの楽しんでる姿をみていたのもよかった。勝ち負けじゃない、過程も含めて楽しむことが1番大切なんだ!ということに気付けて。シーズン最後にやっと笑顔でフィニッシュするという目標が達成できました。オリンピックを目指す競技者としては引退、その後出産を経て、また違うステージで世界を目指す身として、まだまだ女性が働ける器が少ないと感じています。例えば、コーチをしている女性が妊娠し、まだ仕事を続けたいのに産後コーチを辞めなければならなくなるケースもある。妊娠を望みたくても、仕事が頭をよぎり悩む人もいると思います。そういう方が産後も仕事ができるシステム作りも必要だなと感じます」
私も含め、それぞれ違うキャリアを歩みながらもトライアスロンを通して培ってきたスキルや精神面を次のステージで生かすことに努めている。
その中で、さまざまな気付きがあり、悩むこともあると思う。
社業に就くこと、コーチになること、母となりアスリートとして復帰すること、全く別の業種に就くこと。セカンドキャリアに不正解はないと思う。
しかしながら、選択肢が少ないことや出産などの問題もあることは確かだ。
私自身も自身の経験や今の立場として、引退する選手たちのその後の選択肢を増やしていけるよう務めたい。
(加藤友里恵=リオデジャネイロ五輪トライアスロン日本代表)






