バドミントンの世界選手権が28日まで東京で行われた。1年前のオリンピック(五輪)では期待されながらメダル1個に終わっただけに、今回は同じ東京でリベンジの場。全種目でメダル獲得の目標は果たせなかったが、メダル3個を獲得。何よりも日本のファンの前で、昨年の悔しさを晴らした。

日本のバドミントンは、ここ10年で急速に力をつけた。12年ロンドン五輪の女子ダブルスで藤井瑞希、垣岩令佳が銀メダルで初めて表彰台に立つと、16年リオデジャネイロ五輪では松本美佐紀、高橋礼華が初の金メダルを獲得、女子シングルスの奥原希望も銅メダルを手にした。

世界選手権では、さらに好成績を残している。男子のエース桃田賢斗が18、19年に連覇、女子も山口茜の前に17年に奥原希望が優勝している。男子ダブルスも前回大会で初めて世界一になった。日本は、男女全種目で世界のトップレベルにあるといえる。

04年に日本代表ヘッドコーチに就任した朴柱奉氏の存在が大きい。韓国代表として70年代から80年代に活躍した世界的な名手は、それまでの実業団中心の今日から代表選手を集めて強化する方針に変更。代表合宿や海外遠征を増やした。

最も力を入れたのは、選手の意識改革だ。「力はあるのに、勝利への意欲がない」と見抜き、メンタルを強化。目標設定を明確にして、代表合宿では高いレベルの選手同士を競い合わせた。世界大会の上位に食い込む選手が出てくると、全体のレベルが上がった。

もともと、日本のバドミントンは強かった。五輪採用が92年バルセロナ大会から、世界選手権も77年からと遅かったために目立たなかったが、60年代や70年代は常に世界のトップで争ってきた実績がある。

デモンストレーション競技として行われた72年ミュンヘン五輪では女子シングルスで中山紀子が金、湯木博恵が銅メダル。後に歌手の新沼謙治と結婚する湯木は、世界選手権が始まる前の実質的な世界一決定戦だった全英オープンで4回優勝するなど、世界女王の座に君臨した。「バドミントン日本」のDNAは、確かにあったのだ。

五輪競技には珍しく、圧倒的にアジアが強い競技。五輪のメダル獲得数ランクは中国、インドネシア、韓国の順で、金1、計4個の日本は5位。トップ10に、アジア勢が6カ国も入っている。特にインドネシアやマレーシアは国技として人気も高い。

わずか5グラム、100円玉ほどの重さのシャトルを打ち合う競技。体育館内の空調のわずかな風の影響も受ける繊細さが、体格差では不利になりがちなアジア勢にも有利に働くのか。俊敏さや駆け引きの重要性を見ていると、日本人にも合っている競技だと思う。

日本を強豪に育てた(復活させた)朴ヘッドコーチは、東京五輪前にパリ五輪後の25年3月までの契約延長が決まっている。「新型コロナ禍での対外試合の不足」「地元開催でのプレッシャー」など東京で力を出せなかった反省を生かし、パリでは輝きを放つはず。日本で初開催された世界選手権を見て、その期待はさらに膨らんだ。(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)