「おれからしてみりゃ、地獄だよね」。

7月26日、韓国・光州。北島康介氏(36)は、水泳世界選手権競泳男子200メートル平泳ぎ決勝を見て、そう言った。渡辺一平(22=トヨタ自動車)はセカンドベストの2分6秒73で銅メダル。金メダルは同じ97年生まれのチュプコフ(ロシア)。渡辺の世界記録を0秒55も更新する2分6秒12。タイムも破格だが、北島氏の言葉は、そのレースパターンについてだ。

チュプコフは、ラスト50メートルで驚異的なスパートをかける。決勝のターンでは、50メートルで最下位の8番手、100メートルで最下位の8番手、150メートルでまだ5番手。この時点でトップだった銀のウィルソン(オーストラリア)と0秒96差、銅の渡辺と0秒65差あった。これを一気に逆転している。

北島氏は「うまいよね。焦らない。ブレスト(平泳ぎ)で後半に差すのは結構多かったじゃない。でも2分6秒台で泳ぐ選手がいる中で(焦らない)、あのメンタルは本当に強いと思う。最初からバーンといって逃げ切るのと違って(後方の選手は)見えないからね。彼ら(先行する選手)にとっては非常に不気味だよね」。

「いつくるか」「もうくるか」。先行する選手は、チュプコフが見えないまま、泳ぐことになる。逃げ切るのか、差すのか。渡辺は敗れたが、観客にとっては、極上のエンターテインメントだった。

北島氏は「3人が世界記録レベルで、みんなが世界記録が出ると思っていたレース。見応えはあるよね。一平の気持ちになれば、たまらないだろうけど。ただ彼も経験豊富になって、世界と戦う、力を出し切るという意味でひとつ大きく皮がむけたかなと思う。価値ある記録(2分6秒73)とメダルだと思うよ」。

渡辺は17年1月からの「世界記録保持者」という看板をいったん下ろすことになった。2分6秒12はすぐに手が届く記録ではないだろう。北島氏は「2分6秒台が3人いる。魅力的だよね。高いレベルでやれるのがいいなと思う。彼が2分6秒(67)を出した時(北島康介杯)、僕の見た感じで5秒台も出そうだなと思った。そこはトライしてくると思う。今回は3番で前回も3番。1個ずつと言わずに、ステップアップして、一番高いところに上がっているのが見たいなと思う。見届けたいなと思います」。日本のお家芸平泳ぎを引き継ぐ後輩に期待していた。【益田一弘】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の43歳。五輪は14年ソチでフィギュアスケート、16年リオで陸上、18年平昌でカーリングなどを取材。16年11月から水泳担当。