ブライソン・デシャンボーが別次元のゴルフを展開し、全米オープンを制した。難コースで知られるウィングドフットGC(ニューヨーク州)を一人だけ4日間オーバーパーなしでラウンドし、同コースの全米オープンの優勝スコア記録(1984年・ファジー・ゼラーの4アンダー)を更新する6アンダーを叩き出した。

これまでの全米オープンのコースマネジメントのセオリーを覆し、「ラフに入れない」から、「ドライバーで飛ばして短いクラブで打つ」という戦略を採用し、ルイ・ウーストヘイゼンに「一人だけ小さなゴルフ場でプレーしているようだ」と言わしめた。まさに完勝という言葉がぴったりな歴史的勝利だった。


全米オープンを制したデシャンボー(AP)
全米オープンを制したデシャンボー(AP)

ブライソン・デシャンボーの活躍ぶりは全米オープン前から大きな話題となっていた。PGAツアーが新型コロナウィルスによって中断している間、グレッグ・ロスコフによる筋力トレーニングの成果で体重を9キロ増量し、約110キロとなった体で大きく飛距離は伸ばした。7月第1週に行われたロケットモーゲージ・クラシックでは、2位に3打差をつけて優勝を果たし、飛距離アップがスコアに直結することを証明した。


■ゴルフに科学的アプローチ


ゴルフをとことん理詰めで考えることから「マッドサイエンティスト(イカれた科学者)」とも呼ばれ、異端児扱いされがちなデシャンボーだが、とにかくゴルフへの向き合い方は科学的である。道具に対しては、使用するボールを塩水に浮かべて重心位置を測定したり、同じ長さのワンレングスアイアンを使用するなどこだわりを見せる、練習では弾道測定機器を2台使って正面と後方で測定するといった徹底したデータ主義だ。

私は2年ほど前からデシャンボーがどのような取り組みをしているのか興味がわき、デシャンボーの技術を支えるブレーンたちと交流を深めてきた。


12歳からデシャンボーを指導するマイク・シャイ
12歳からデシャンボーを指導するマイク・シャイ

デシャンボーは12歳から大学進学までの間、現在も指導を受けるスイングコーチのマイク・シャイと毎週約30時間を共に過ごしていたという。デシャンボーは欧米のゴルフコーチでも理解するのが困難と言われるスイング理論書・ゴルフフィングマシンを読み込み、毎日シャイと議論を交わしていたという。シャイはゴルフィングマシン理論とともに、ゴルフに取り組むうえで重要な哲学も植え付けたという。

「ブライソンには自分の頭で考え、物事を判断する重要性を伝えてきた。例えば、ボールの結果が良いから、良いスイングなのか?それとも理想的なスイングをした結果、良いボールが打てるようにするべきなのか、という具合にね」

高度なスイング理論と、常に物事の本質をとらえる考え方はマイク・シャイによって植え付けられたのだろう。


パッティングに関しては、デシャンボーが使用するパターブランドSIKゴルフのメンバーがフィッター兼コーチとして指導をしている。測定機器を使用し、ミリ単位でパターの入射角や軌道をチェックし、毎回同じ動きができるようにパッティングストロークを整備する。パターもグリーンの速さによってロフトや重さを調整する。パッティングの距離感は、振り幅によってボールが何メートル転がるかを細かくチェックし、データに基づいた独自の計算を行って振り幅の数値を算出する。実際に私も指導を受けたが、自分の感覚と数値のズレがあり驚いた。徹底的に感覚を排除し、自らをマシン化することで再現性を高めているからこそ、プレッシャーのかかる中で難コースを制することができたのだろう。

このような、科学や理論を前提としたデシャンボーの取り組みは、練習や経験で技術を磨いてきたゴルファーにはなかなか理解できない。あるトーナメントの練習グリーンでベテランのパット・ペレスが、デシャンボーの取り組みについて話を聞いていた。しかし、終始理解できないという表情を浮かべ、最終的には「クレイジーだ。そんなこと考えていたらプレーできない。」と言い残して去っていった。しかし、ペレスの反応は当然のことだと思う。もはや、デシャンボーの取り組みや考え方は物理やバイオメカニクス(生体力学)などの学問レベルのため、理解できないのも無理はない。しかし、最先端のゴルフティーチングを理解していれば、デシャンボーの取り組みは実に理にかなっていると思うはずだ。デシャンボーは欧米の大学研究者やトップゴルフコーチ並みの知識を持っているからこそ、異端児と言われるような取り組みができるのだ。


■自らを理想形に変革できるニュータイプ


デシャンボーは2018年半ばからタイガー・ウッズの前コーチだったクリス・コモに指導を受けスイング改造を始めた。大きくなった体ばかりが注目されるが、筋肉隆々の人が皆ボールを遠くに飛ばせるわけではない。筋肉がつけばボールが飛ぶというほどゴルフは単純ではなく、筋力をスイングスピードに返還させるための効率的なスイングが必要になる。デシャンボーは飛んで曲がらないスイングを構築するために、地面反力を使った下半身と、今までのゴルフィングマシン理論による上半身を組み合わせるニュースイングを作り上げた。両方の理論に精通しなければできない、非常に難しいスイング改造を成し遂げたコモのスイング知識には驚かされる。肉体改造とスイング改造に成功した結果、デシャンボーは2017年には302.5ヤード(34位)だった飛距離が、昨季は平均飛距離が20ヤード以上もアップし、322.1ヤードでPGAツアー平均1位の飛距離を得た。


そんなデシャンボーについて、コモは「彼は常に常識にとらわれることなく、枠を越えて考えることでゴルファーとしての成長を目指してきた。そのために、徹底した分析を行い、独自の戦略を組み立てる。その戦略を実現するために、彼は肉体の改造に取り組んだが、この半年間で費やした時間と労力は大変なものだった」と語っている。


タイガー(右)のコーチを務めたクリス・コモがデシャンボーをメジャー制覇に導いた
タイガー(右)のコーチを務めたクリス・コモがデシャンボーをメジャー制覇に導いた

私はデシャンボーのスイング改造や体重増による飛距離アップより、自らを変える戦略やプロセスに注目をした。デシャンボーはこれまでのツアープロとは違い、自らの感覚には頼らない。「球を数多く打って、感覚を磨く」というこれまで多くの選手が取り組んできた方法ではなく、科学的なデータに基づいて、ゴールを設定し、実現するための戦略を練る。そして、理論を熟知した適切な人物を招いて自らを変革し、結果を出す。

デシャンボーは異端児やマッドサイエンティストと呼ばれるが、私にはデシャンボーの取り組みは結果を出すことにフォーカスし、合理的な選択をしているだけにしか見えない。


ツアープロが結果を求め、合理的な判断をして自分を変えるのは当然だと思われるが、変化には痛みも伴うため慎重にならざるを得ない。スイング改造や肉体改造は上手くいかないリスクもあるため、多くのツアープロはこれまでの感覚を失わない「常識」の範囲で取り組む。デシャンボーのように別人のように肉体改造をして飛距離を伸ばそうとしたり、今まで長年取り組んできた方向性重視のワンプレーンスイングへのこだわりを捨てて、全く違うコンセプトの地面反力を取り入れて飛距離アップをしようなどとは思わない。

だからこそ、デシャンボーのようにメジャーで勝つために常識の範囲を超えて自らを大きく変革し、理想の自分を作り上げることは並大抵のことではない。自らを適切な方向へ変化させながら、結果も出すためには自分一人の力では難しい。優秀なブレーンとともに最も効果的な戦略を採用し、理論や事実に基づいた方法で自らを変えていくのが効率的だ。スイングコーチのクリス・コモをはじめとして、デシャンボーの周りにはそれぞれの分野に優秀なブレーンが揃っている。このブレーン選びでその選手の知識レベルやセンスがわかるものだが、デシャンボーの人選はネームバリューや実績ではなく、理論に精通したプロフェッショナルを重用する、実にセンスの良い人選をしている。知識レベルが高く、本質を理解しているからこそできる人選だ。そして、いくら優秀な人材が集まっても、トップが意見を聞きいれることができなければチームは機能しない。デシャンボーは常にチームメンバーと議論を交わし、常識の枠を取り払って実験と検証を重ねている。


ゴルフを科学的に究めようとしているデシャンボーは異端児どころか、数年先のスタンダートを先取りしていると思う。タイガーが多くの選手に影響を与えたように、デシャンボーの取り組み方が今後のPGAツアーのスタンダードとなるだろう。そして、続々とデシャンボーの取り組みに感化されたニュータイプの選手が自らを変革し、ますますPGAツアーのレベルが高まっていくことだろう。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

デシャンボーの技術についてはチョイス11月号(10月1日発売)でも特集しているので、興味のある方はぜひ読んでいただければと思います。

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/