<全国高校ラグビー:伏見工34-0荒尾>◇30日◇2回戦◇花園
Bシード伏見工(京都)が7大会ぶり5度目の全国制覇へ、完封発進だ。高校日本代表候補のNO8高橋稔貴(3年)が前半14分、同校OBで5年前に他界した父等生(としお)さんに捧げるトライを決めるなど荒尾(熊本)を破った。明日元日の3回戦に進んだ。
大雨、泥沼のような芝、エリアは自陣10メートルライン付近。ラックから出たボールを手に、NO8高橋が右サイドを突いた。ゲインラインを軽々と突破。迷わず、加速した。大きなストライドで敵陣を突っ切り、インゴールに飛び込んだ。「前にスペースがあったし、フォローに(WTB)尾崎が来てたんで」。前半14分、13-0とする60メートル独走トライ。力強いランを、雨空から父等生さんも喜んでくれたはずだ。
等生さんは伏見工ラグビー部OBだった。高崎利明監督(50)の1学年上、59回大会(79年度)で花園に初出場した世代。高橋は上鳥羽小6年のとき「ラグビーをやれ。やらんと家に入れんからな」と言われた。ラグビーの試合に無理矢理連れて行かれもした。「最初はしぶしぶでした。強制されるんがイヤやったし」-。ところが、洛南中でラグビーを始めると、等生さんがラグビーの話をしなくなった。97年9月19日、等生さんはがんで他界した。高橋がラグビーを始めて、半年弱のことだった。
今は違う。父への憧れもあって、伏見工に進んだ。高校日本代表候補にまで成長した。月命日には墓参りをする。大会前の“ジャージー渡し”があると、必ず仏前に一晩供える。
「高崎先生に『お父さんとよう似てるわ』と言われます。父は『山口(良治現総監督)先生に一番どつかれてた』らしいですけど」と笑った。今月中旬、また墓参りをした。「お父さんに『全国優勝してくるからな』と報告したんで、それ以外では報告できません」。父と同じ深紅のジャージーで、狙うのは頂点だけだ。【加藤裕一】
◆高橋稔貴(たかはし・としき)1994年(平6)9月27日、京都市生まれ。洛南中からラグビーをはじめ、ポジションはNO8。昨季はWTBを務めた。183センチ、90キロ。50メートル走6秒4。帝京大に進学予定。家族は祖母、母、姉。


