19年ラグビーW杯日本代表NO8姫野和樹(26=トヨタ自動車)が、世界最高峰スーパーラグビー(SR)のハイランダーズ(ニュージーランド、NZ)で海外挑戦を果たす。

22日、姫野が思いを語ったオンライン記者会見のニュースを、頼もしそうに見つめる人がいた。母校である愛知・中部大春日丘高の宮地真監督(55)だった。

「『もっと上に、上に』というのを常に持っている。彼の中で今の自分の力を打破するには、海外しかないと思ったんでしょうね」

海外挑戦決定後、報告に訪れた姫野と食事をする機会があったという。「今のままでは不安」-。そんな思いを聞いた。23年W杯フランス大会では代表を引っ張る立場になる。昨秋W杯で世界に力を証明しても、満足しない姿勢があった。

「彼からは『日本代表を引っ張らないとアカン』という気持ちをいつも感じます。近くにリーチ主将(東芝)がいたのも、大きかったのでしょうね。今の自分を不安視して、さらに上を目指すことは、成功者の秘訣(ひけつ)ですよね」

W杯開幕を約4カ月後に控えた19年5月。宮地監督は姫野に対する期待を、このように明かしていた。

「たぶん、彼にとって今回よりも、その次(23年フランス大会)が大事になると思います。今回で経験を積んで、次は軸になる。彼のラグビー人生の勝負が、次のW杯だと思うから。1発の客寄せパンダじゃなく、本当の力を付けて、本当のリーダーシップを付けるところ。次のジャパンを作っていかないといけない」

この日、姫野は会見で今の率直な思いを明かした。

「今後の自分の夢は『ラグビーを日本でなくてはならない存在にしたい』。海外挑戦のチャンスをつかむことで、日本ラグビーに大きな物をもたらせると考えています。向こうで活躍することで、勇気や感動を感じてもらえる子どもたち、選手たちがいれば、すごくいい。自分の成長というところで、居心地のいい日本を離れて、1からハングリーにプレーするのがいいと思いました」

決意を聞いた宮地監督は、穏やかな口調で言った。

「もし失敗したとしても、いいじゃない」

教え子が決断したラグビー王国での挑戦を、温かく見守っている。【松本航】

 

◆姫野和樹(ひめの・かずき)1994年(平6)7月27日、名古屋市生まれ。中学で競技に出会い、愛知・春日丘高(現中部大春日丘)1、2年時に花園出場。帝京大で大学選手権8連覇などに貢献。17年にトヨタ自動車へ加入し、1年目から主将。同年11月オーストラリア戦で日本代表デビュー。現在17キャップ。18年からはSRの日本チーム「サンウルブズ」でもプレー。趣味は温泉。187センチ、112キロ。

 

◆オタゴ・ハイランダーズ 1996年創立。本拠地はNZ南島のダニーディン。日本代表ジョセフHCが指揮し、同SH田中史朗(キヤノン)が在籍した15年にSR初優勝。19年W杯日本大会にはNZ代表SHのA・スミスらを輩出。国内5チームで行われた今季の「SRアオテアロア」では4位。チームカラーは青と黄。

 

◆日本人選手のNZ挑戦 13年にハイランダーズへ加入した19年W杯日本代表SH田中が、レベルズ(オーストラリア)の同代表フッカー堀江と共に日本人SR初出場。田中は4季プレーした。15年からはチーフス(NZ)にフランカーのリーチ(東芝)が3季在籍。NZ代表の名選手ケーンの背中を追って成長した。15年W杯日本代表プロップ山下裕(神戸製鋼)も16年にチーフスでプレーした。