92年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級金メダルの古賀稔彦さんの死去を受け、同五輪男子95キロ超級銀メダルの小川直也氏(52)が25日、川崎市の古賀さん宅を弔問した。古賀さんは24日に53歳で亡くなった。

約2時間半の弔問後、取材に応じ、同学年で高校時代からの“戦友”を失った沈痛な思いを口にした。「報道でしか見てないから事実確認の意味で来たけど…。稔彦を見て本当だった。まだ信じられないし、言葉が出ない」。

古賀さんの遺体は、町道場「古賀塾」を併設する自宅1階の道場中央に安置されている。布団の上で柔道着に身を包み、穏やかな表情で眠っているという。そこには、90年全日本選手権決勝で戦った「平成の三四郎」の姿はなく、「この姿は俺に見せたくなかったはず。最後まで完全主義者らしい『強い古賀稔彦』を貫きたかったと思う。ずっとライバル関係で彼がいたから今の俺があるし、向こうの世界でも後で肌をぶつけようって…」と、言葉をつまらせた。

古賀さんには今年2月上旬に電話して、体調が回復したら「快気祝いをしよう」と約束した。銀座などで飲み歩いた現役時代を思い返し、酒を酌み交わしたかったという。

「約束を果たせないでどうするんだよ。お見舞いにも行くと言ったら、『良くなったら来て』と言われるし。きっと最後まで俺の前では、強い稔彦でいたかったんだろうね。大事な人を亡くして、本当に残念でならない」

伝説の全日本選手権から30年-。互いに階級も異なり、戦ったのはこの1試合のみだった。「歴史をつくる試合ができたのは稔彦のおかげ。努力だけで決勝まで上がり、互いを尊敬し合い、勝った負けたを超えた戦いになった。あれは一生の思い出だね」。満員の日本武道館でヒール役を演じた小川氏は、柔道界のスターの早過ぎる旅立ちにショックを隠しきれない様子だった。【峯岸佑樹】