<全国高校野球選手権:聖光学院5-4日南学園>◇6日◇1回戦

 聖光学院(福島)のドラフト候補右腕、歳内(さいうち)宏明投手(3年)が圧巻の「独り舞台」で初戦を突破した。1年ぶりの甲子園で、日南学園(宮崎)に延長10回の末、サヨナラ勝ち。10安打4失点(自責3)と苦しんだが、最速145キロの直球と落ちる魔球スプリットを駆使して16奪三振。勝利目前の9回に暴投で同点とされた後、延長10回に自らサヨナラ打を放ち、149球の熱投を自己完結した。

 歳内が、独壇場に幕を引いた。10回裏1死二塁。「無心だった」という打球が右前に飛び、二塁走者が生還。一塁を回り、この日初めての笑顔でガッツポーズ。「失点の借りを自分で返したかった」。同校に夏の甲子園初の延長サヨナラ勝ちを呼ぶ、殊勲打だった。

 息詰まる延長戦は、自ら招いてしまった。1点リードで迎えた9回表2死一、三塁。勝利目前の場面で投じたスプリットに、相手バットが空を切る。空振り三振…のはずが、コースを狙いすぎて暴投。振り逃げになって追いつかれた。

 「高さは良かったけど、コースが悪かった」。土壇場の制球ミスにも、動揺は見せなかった。「試練だと思って切り替えた。調子が良くなかったので、粘り強く投げればいい、と」。こう考えられるのが歳内の成長の証し。同点でしのぎ、サヨナラへつなげた。

 「この1年で最も成長したのは精神面。去年までの自分だったら負けていたと思う」。昨夏甲子園では興南(沖縄)との準々決勝で4回途中6失点でKOされた。この試合まで歳内は「がむしゃらに投げればいいと思っていた」という。だが、ピンチにもチャンスにも感情を抑えて戦う興南ナインを見て、逆境に動じない精神を目指すと決めた。好きな言葉は「一心不乱」から「仁王」に変わった。

 投球を支えたのはスプリット・フィンガード・ファストボール(SFF)だった。奪った三振16個のうち13個は、この球で決めた。投げ始めたのは2年春。フォークを覚えようとしたが、手に合わず、スッポ抜ける球が多かった。斎藤監督の「浅く握ってみろ」という助言を実行するとしっくりきた。楽天田中と同じ兵庫・宝塚ボーイズ出身。田中も指導した奥村幸治監督(39)が「変化球を覚えるセンスは(田中)将大とともに、ずばぬけていた」と証言するように、短期間で習得してみせた。

 この試合、福田瑛史捕手(3年)が3度「打撃妨害」を記録したのも、歳内のスプリットが引き起こした。相手打線はギリギリまで引きつけ、福田もワンバウンドが多くなる球を前で止めようと、無意識にミットが前に出た。切れ味抜群だから生まれた珍現象だった。

 福島大会前、帽子のつばに「全てが神からの試練」と書き込んだ。この日の試合は、まさに試練を乗り越えた勝利。「この試練が糧になる。今日の経験を日本一まで勝ち抜く力にする」。2回戦は最速152キロ右腕の釜田佳直投手(3年)を擁する金沢(石川)と対戦する。次の試練も、乗り越えてみせる。【木下淳】