長いトンネルから抜け出せない。DeNAが「日本生命セ・パ交流戦」で1分けを挟む10連敗を喫した。日本ハムとの最終戦で育成から支配下登録されたばかりの砂田毅樹投手(19)を先発に抜てきする大胆策に出たが実らず。08年以来となる10連敗で、中畑清監督(61)が就任後初の2桁連敗を突き付けられた。すでに交流戦の最下位は決定しているが、3勝14敗1引き分けの勝率1割7分6厘は歴代ワースト記録。歴史的大失速で、4月24日以来の借金生活に突入した。

 無情にも打球は左翼席に消えていった。1点リードの6回。プロ初先発した砂田が日本ハム中田、岡に連打を浴び、1死一、二塁のピンチを招いた。ここまでの球数は84。余力を残しているようにも見えたが、中畑監督は2番手として平田を送り込んだ。「状況の中でボールが浮いてきていた。初先発でよく踏ん張ってくれた。いい形で終わらせたかったけどな。あそこは先輩がカバーしてあげないといけない」。平田が矢野に投じた初球を3ランされ、一瞬で“負けパターン”に転じた。

 監督就任後初の10連敗を喫した中畑監督は「よく負けたな…。いい試合をしたけど力負けした」と悔しさを押し殺した。支配下登録されたばかりの19歳左腕を先発に抜てき。その砂田は5回1/3を5安打2失点と期待に応えた。新星の出現には素直に喜んだが、一方で「砂田に頼っているというチーム状況ではつらい」と本音をのぞかせた。苦しいチーム状況を如実に物語っていた。

 貯金10を携えて交流戦に入った。だが、全6カード負け越し。3勝14敗1引き分け(勝率1割7分6厘)は、07年の広島(勝率2割1分7厘)を上回る負けっぷりだった。失速の要因は、チーム防御率4・73と投手陣の不振だ。3日のソフトバンク戦から始まった連敗の間、13日の日本ハム戦で井納が1人で投げ切った1試合を除き、全試合でリリーフ陣が失点を重ねた。9日の楽天戦では安定感を誇る守護神の山崎康までもが自身プロ初被弾となるサヨナラ本塁打を許した。

 フラフラになるまで打ちのめされた悪夢の交流戦が終わった。中畑監督は「いいときは中継ぎが粘って逆転の勝ち試合をつくってきた。交流戦は相手にその形をつくられた」と総括。同時に、すでに気持ちを切り替えていた。「(10連敗は)もう忘れた。終わったことだから。次はシーズンの中身に入っていく。少し、時間があるからチームを、もう1度、いい方向にチームを持っていきたい。頑張りましょう」と結んだ。

 貯金が底をつき、借金までつくった。ただ、反撃のチャンスは多分にある。リーグに戻れば首位巨人まで1・5ゲーム差の2位につける。今季のDeNAは、こんなに負けても「首位」がすぐそこにある。【為田聡史】

 ▼DeNAが6月3日から1分けを挟んで10連敗。DeNAの2桁連敗は08年9~10月の14連敗以来で、交流戦の2桁連敗は05年日本ハム11連敗、07年西武10連敗、11年広島10連敗、12年ヤクルト10連敗に次いで5度目。連敗が始まる前は首位におり、セ・リーグで首位にいたチームが2桁連敗したのは61年大洋11連敗、12年ヤクルト10連敗に次いで3度目だ。交流戦は3勝14敗1分け、勝率1割7分6厘で終了。07年広島の2割1分7厘を下回る交流戦の最低勝率となった。

 ▼最大11あった貯金を使い果たし、ついに借金生活へ突入。セ・リーグで2桁貯金から借金は09年ヤクルト以来17度目。5月27日にはまだ貯金が10あったが、そこから2勝13敗1分け。わずか16試合で2桁貯金から借金は、68年広島、73年大洋、06年巨人が15試合、76年広島が16試合で記録したのに次いでセ・リーグ5度目の屈辱だ。2桁貯金から借金に転落した球団がその後に巻き返して優勝はなく、2桁連敗した球団のVも過去にないが、DeNAの逆襲はあるか。