壁を越えた。ロッテの3年目右腕、二木康太投手(20)がプロ初勝利を133球の完投で飾った。今季先発した2試合は、ともに5回もたず降板。背水の気持ちで臨み、三度目の正直で実らせた。最速138キロといつもより控えめだったが、直球中心に強気の投球。楽天打線を9回8安打1失点に抑えた。チームは首位攻防3連戦の頭を取り、再び首位に浮上した。

 完封が消えても、二木は落ち着いていた。9回1死から初めて連打を許し、一、三塁。「1点はしょうがない」と切り替えた。楽天茂木に犠飛を打たれたが「最高のアウトの取り方だと思います」。続くゴームズを外に逃げるスライダーで空振り三振。右手でポンとグラブをたたいた。初勝利にしてはおとなしく見えたが「あまり感情を出さないので。あれでも喜んだつもりです」とほほ笑んだ。

 勝てない日々が続いた。3月30日楽天戦は5回途中、4月5日ソフトバンク戦は4回途中で降板。「2軍と1軍では体の疲れが違う」と実感した。福岡から帰京後、寮で同期の肘井の部屋に行き「全然勝てない」とこぼした。「次ダメだったらファーム」と覚悟して、この1週間を過ごした。

 伊東監督からは直球を多めに投げるよう指示された。過去2試合は変化球でかわす投球に映っていた。投げ急ぎのフォームも修正。何より「4回に入る時、絶対先頭だけは出さない」と意識した。先頭銀次を直球で左飛。鬼門を0で切り抜けると、後は8回まで0を並べた。壁を乗り越えた。

 記念球を手に「1週間やったことが出せました」と言ったが、それ以上の成果だった。プロ入り時、2軍首脳陣は長期的な「二木プロジェクト」をうち立てた。入団当初は体力不足のため、ブルペンで1球に12~13秒を要し、球速は130キロ台前半だった。187センチの長身も体重は73キロほど。体作りを優先させた。長い腕を支える土台を固めないと負担がかかるという判断だった。食堂で1時間以上かけて丼飯をかき込む毎日。食べ終わりは、いつも独りぼっちだった。1年半後、昨年の夏には、10キロ増えた体で1球に約半分の時間で済むようになった。球速は140キロを超えた。

 開幕から使い続けた伊東監督は「ずっと期待していた。合格点」とわが事のように喜んだ。二木も「キャンプから期待されていると伝わっていました」。首位をいくチームに、孝行息子が誕生した。【古川真弥】

<二木康太(ふたき・こうた)アラカルト>

 ◆生まれ 1995年(平7)8月1日、鹿児島県霧島市出身。

 ◆サイズ 身長187センチ。体重は公称75キロだが、現在は83キロほど。

 ◆球歴 小学5年で野球を始める。中学までは軟式で、鹿児島情報に進学。甲子園出場はない。13年ドラフト6位で入団。

 ◆読書 今季は寮を離れ、QVCマリン近くのホテルですごす時間が増えた。そのため、部屋で読書。最近読んだ小説は「三日間の幸福」(三秋縋著)。

 ◆倹約家 推定年俸は40万円増の540万円。増額分は成人式用のスーツを買いたいと言っていたが、新調せずに寸法直しで済ました。

 ◆チーム五木 入団時、同期の三木と「チーム五木」で注目された。昨年10月5日のデビュー戦では5回4安打1失点と好投。三木もプロ1号となる2ランを放ち、そろって活躍した。

 ◆新人王 新人王を獲得すれば、球団からのご褒美に、同じ鹿児島出身のAKB48柏木由紀との対面を希望。柏木もツイッターで実現希望を表明した。

 ▼ロッテ二木がプロ初勝利を初完投で飾った。完投でプロ初勝利を挙げたのは浜田達郎(中日)が14年5月7日阪神戦で完封して以来で、ロッテでは同年4月6日日本ハム戦の石川歩(1失点)以来。二木のように高校から入団したロッテの投手では、中居謹蔵(79年ドラフト4位=小高工)が4年目の83年4月23日日本ハム戦(仙台)で初先発初完投初勝利(1失点)を記録して以来、33年ぶりになる。