カレンダーを1月下旬まで戻す。「沖縄には有望な若手を多く連れていく。力量が分かっている中堅クラスは2軍安芸スタート」。これがキャンプメンバー振り分けの基本的な方針だ。そのなかで金本知憲監督が、ある温情を見せていた。

 昨季0勝に終わったプロ12年目の岩田稔を1軍キャンプに同行させたのだ。ベテランの域に入ったが、金本は「まだまだ若いんだから。ラストチャンス、ということ。そういったことはキャンプに入ってから話をした」と明かす。地位を失った男に、青柳や秋山ら若手と先発ローテーションを競わせる。33歳左腕への最大限のエールだろう。だから岩田も「つかみ取れよ、というメッセージだと思います。結果を出さないと僕の野球人生は終わってしまう」と危機感を口にした。

 まさに、この日は野球人生を左右しかねない場面を迎えた。韓国・サムスンとの練習試合に先発、1回から制球が定まらず、2四球で1死満塁のピンチ。また打たれれば、チャンスは限りなく遠のく…。11日紅白戦で2回5失点だった経緯があるからだ。この試合がどんな意味を持つのか、マスクをかぶる坂本も分かっていた。だから、試合前に「今日はゼロに抑えないといけないです。そういう配球をしていきます」と声を掛けた。

 坂本は勝負に出た。迷わず、自信のあるツーシームを要求した。三ゴロ、一ゴロ…。動く球で窮地を踏ん張った。すると、2回は見違える。重量感があり、140キロを超える速球でグイグイ押し、瞬く間に3者凡退。これこそが、金本の求める姿だ。現役時代は左翼の守備位置から岩田の背中を見続けた。特に、右打者への攻めが光ったという。

 「真っすぐとスライダーにいいものを持っている。打者目線で見ても、ツーシームとかでちょこちょこ球を動かすより、そっちの方がいいと思っているんだ」

 金本の述懐は、岩田が立ち直るヒントになりはしないか。この日、かつての生命線だった動く球に救われ、強い速球で鮮やかな投球を見せた。実は、岩田も捕手陣に「真っすぐの力を引き出したい」と話している。予定通りの2回無失点で降板したが、その直前、金本は岩田に声を掛けている。「もう1イニング、行くか?」。明日につながる2イニングだった。(敬称略)