阪急、近鉄などの監督を務めた西本幸雄氏が25日、亡くなった。91歳だった。西本氏の略歴は以下の通り。
◆西本幸雄(にしもと・ゆきお)1920年(大9)4月25日、和歌山県生まれ。和歌山中(現桐蔭高)から立大。立大時代は投手から一塁手に転向し主将。東洋金属-八幡製鉄-全京都を経て入った星野組(別府市)では49年に監督兼一塁手で都市対抗優勝。50年、毎日(現ロッテ)の創立と同時に入団。主に一塁手だった現役時代は55年に引退するまで通算491試合、1133打数276安打(打率2割4分4厘)、6本塁打、99打点。56年から毎日の2軍監督、コーチなどを務め、60年大毎監督に就任。いきなりリーグ優勝を果たすも、日本シリーズで4連敗を喫して退団。63~73年阪急監督、74~81年近鉄監督。67年には阪急、79年には近鉄を球団創設初優勝へ導く。リーグ優勝8度で、3チームを優勝に導いたのは他に三原脩監督だけ。監督通算1384勝は歴代6位。79年正力賞受賞。88年野球殿堂入り。



