2日に死去した西武のファームディレクター補佐兼育成担当・相馬勝也氏(享年50)の通夜が4日、東京都荒川区の町屋斎場でしめやかに営まれた。
渡辺監督や選手をはじめ、教え子のソフトバンク細川、母校の日大二高野球部の部員ら、数百人が参列した。告別式は5日午前11時から、同会場で行われる。
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相馬さんは大声でしゃべり、笑った。ただし、怒ってもいないのに、普段から怒鳴り声。怖がられることも少なくなかったが、気心しれた多くの仲間に愛された。
ユーモアにあふれ、ノリがよく、誰にでも気さくだった。何より、ハートが熱い。独身でも、女性に人気があった話はよく聞こえてきた。
振る舞いは豪快だが、細かいところによく気がついた。私がシャツを出して仕事をしていた時、しゃがんだ一瞬を見逃さず「ベルトを忘れたな。社会人として常識だろ。そういうところを見られてるんだ。しっかりやれ」と一喝されたことがある。選手にも礼儀には特にうるさかったが、いやみがなかった。厳しさの中に、愛情があった。
親が同じ秋田出身という縁もあってかわいがっていただき、会えば仕事以外の話ばかりしていた。家族で食事をごちそうになって以来、「母ちゃん、子どもは元気か!」があいさつ代わりだった。病気をして、やせた体になっても、相手のことを気にかける性分だった。あの野太い声で、どれだけの人が励まされ、元気をもらったことだろう。
高卒で入団して以来、ライオンズに人生をささげた。コーチとしては、WBC日本代表に選ばれるまでになった炭谷を鍛え、正捕手に育てた。
練習で毎日のように怒声を響かせたが、試合でどんなミスをしても名指しで責めたことはない。決まって「コーチである俺の責任」。選手を悪く言わず、必ず守る兄貴肌だった。一本筋の通った指導、生き方には“男くさい”という言葉が似合った。【08~10年西武担当・柴田猛夫】



