<日本ハム12-6ロッテ>◇20日◇札幌ドーム
待望のプロ初アーチが札幌ドームを揺らした。日本ハム中田翔内野手(21)がロッテ戦の5回、大嶺の141キロ直球を、弾丸ライナーでファンの待つ左翼席中段へたたき込んだ。高校通算87本塁打を引っ提げ、和製大砲と期待されてプロ入りしたが、3年目でようやく1号を放った。6点リードを1点差とされた直後で、通算91打席目の1発が試合の流れを大きく変えた。チームも連敗を3で止め、再び貯金生活に入った。
打球の行方を確認する必要もなかった。打った瞬間、中田の左手は自然と上がった。プロ入り3年、91打席目で飛び出した初アーチは、怪物と呼ばれ甲子園を沸かせたあのときと同じように、弾丸ライナーで一直線に左翼スタンド中段へ向かった。「すごくうれしかったです。頭の中が真っ白になった。気持ちよかったです」。大きな期待を背負ってきた和製大砲が、ようやく第1歩を踏み出した。
予兆は2回にあった。第1打席の2球目を左翼ポールのわずか外側へ大ファウル。「いい当たりが出て吹っ切れた。今日はボールがよく見えていた」。1、2打席目ともに、7球を投じさせて四球を選んだ。マウンド上のロッテ大嶺をジワジワと追い込んでいた。
5回2死、カウント2-2から真ん中に入った141キロ直球をたたいた。「真っすぐを狙いながら、スライダーにも対応しようという感じでした」。直前に6点のリードが1点にまで縮まっていただけに、チームにとっても大きな価値のある1発。梨田監督も「非常に印象に残る試合だった」と目を細めた。
ケガに泣いた3年間だった。1年目には左手首を骨折、今季も左ひざ半月板を負傷して、2度体にメスを入れた。「ケガが苦でした。悔しかったし、自分自身に腹が立った。(だが)打撃のことを考える時間があった。今は(手術を)やってよかったと思う」。苦難を乗り越え、強さが身についた。
初めて上がった札幌ドームのお立ち台では「親にありがとうの言葉を言いたい」と言い切った。母香織さん(46)には「迷惑ばかりかけた」人生だった。プロ野球選手を目指したのも「おかんを楽にさせたい」という思いから。初めて開幕スタメンを勝ち取りながら、2軍降格が伝えられた今年の4月18日。「勝負の年」と位置づけていただけに、野球への意欲すらしぼみかけた。だが、福良ヘッド兼打撃コーチの言葉が、自分を奮い立たせたという。「お母さんのために頑張るんじゃなかったのか?
早く上がってこい」。10日の2軍での実戦復帰からわずか10日で1発が生まれたのは、偶然ではなかった。
待ちに待った初本塁打。だが中田はいつになく冷静だった。「涙?
泣きませんよ。常に満足はせずにやっていきたい」。大きな1発は、小さな小さな第1歩でしかない。【本間翼】
[2010年7月21日8時50分
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