<広島5-4阪神>◇3日◇マツダスタジアム
勝ちたかった…。矢野が引退発表の日、虎も泣いた。チームはショックを引きずったわけではないだろうが、広島に痛い逆転負け。矢野と同い年で東北福祉大時代も同じユニホームを着てプレーした阪神金本知憲外野手(42)は「矢野の分まで」と仲間の無念の思いを胸に、優勝まで突っ走る決意だ。
負けが許される試合などない。ただ、勝たなければならない試合というのは、シーズンを通して必ずある。その思いを誰よりも胸に刻んでグラウンドに立っていたのが、金本だった。
勝ち越しに成功した7回。なおも2死一、二塁という好機で、この日4打席目が回ってきた。何としても追加点が欲しい場面。打席の金本は広島バッテリーの厳しい内角攻めにも平然とした顔で対応していたが、最後は力のない二飛に倒れた。一塁ベース手前では、唇をかむようにして悔しがる金本の姿があった。
何としても1本出したかった。この日正午すぎ。右ひじ痛のため、2軍でリハビリを続けてきた矢野の現役引退が、球団から発表された。98年から10年以上にわたって阪神の扇の要を務め、03、05年と2度のリーグ制覇に貢献した功労者。金本にとっても42歳という同い年で、東北福祉大の先輩と後輩の間柄でもある。
試合前には、矢野本人から電話で現役を退く報告を受けたことを明かし「先にやめさせてもらうわと。オレの分まで頑張ってくれと言われた。ヒジが悪いのは知っていたけど、よっぽどだったのかなと。ちょっとショックだったけど、本当にお疲れさまと伝えた」と寂しそうな表情で話した。
金本は1浪しており、学年は矢野の1つ下にあたるが、そんな“枠”を飛び越えてお互いを「カネ」「矢野」と呼び合う。もちろん、今年でともに42歳。体が資本のプロ野球選手とはいえ、不惑を迎えても第一線で活躍してきた男たちは、故障という「危険」と隣り合わせの中、全力でプレーしてきた。
金本も今年4月。開幕前に抱えた右肩痛の影響で、連続試合フルイニング出場記録に自らピリオドを打った。地道なリハビリを継続して試合に出続け、今でも先発に名を連ねるが、2軍で「表舞台」を目指して汗を流してきた矢野の存在を忘れたことはない。
今年7月の球宴明け。金本は矢野のリハビリ担当でもある権田トレーナーに、自身が個人的に所有する治療器を手渡した。自身も痛みを抱える右肩などの回復目当てに使用した代物。何とか矢野に回復してほしい-。その思いだけだった。「ひじが何とかならなかったのかなと、僕も悔いが残る。矢野は去年から悔しい思いをしているし、何とか矢野の分までという思いを忘れず、残り試合を頑張りたい」。チームの連勝は5で止まったが、試合後の金本の表情はどこか「やり返したる」という気迫に満ちたものが感じられた。5年ぶりの覇権奪回に向け、一息ついてるヒマはない。
[2010年9月4日11時23分
紙面から]ソーシャルブックマーク



