<楽天2-1ロッテ>◇23日◇Kスタ宮城

 左キラーの仕事を果たした。楽天中島俊哉外野手(32)がロッテ7回戦で貴重な適時打を放った。1回2死二塁、先制打のフェルナンデスに続き、藤岡から中前打で2点目を加えた。相手先発が左腕の時にスタメン起用が続く。本領発揮で2連勝に貢献した。今日も勝てば、11日以来の勝率5割だ。

 ドラフト1位ルーキーより、中島のバットが勝った。1回だ。ロッテ藤岡から1点先制し、なお2死二塁。「直球のタイミングで待っていたけど、合わせられました」とスライダーを捉えた。2点目の中前打。スタメン起用された、ここ3試合は凡退続き。「打てる気がしない」と漏らしていた。「打たないと仕事がなくなる」が口癖の男が、きっちり存在感を見せた。

 80年生まれ。同学年には、レッドソックス松坂、阪神藤川、巨人村田、久保、オリオールズ和田等々、ドラフト上位入団がずらり。そんな華やかな「松坂世代」と違い、中島のプロ野球人生は最下位から始まった。02年ドラフト、オリックスの指名は一番下の8位だった。提示された契約金は「0円」。同年まで導入された「契約金ゼロ選手」だったが、迷いはなかった。「0でもいい。とにかく、まずはプロに入ることが大事。そこからだと思いました」。身ひとつで、勝負の世界に飛び込んだ。

 しかし、いきなり球界の波乱に巻き込まれた。2年目の04年オフ、球界再編問題が起こった。オリックスと新球団・楽天の分配ドラフトにかけられた。実は「2年目までの選手は全員、オリックスに残れる」と聞いていたのに、結果は楽天へ。「手放されちゃいました」と今でこそ笑えるが、1年目、九州男児に東北の寒さは、つらかった。当時は仙台に選手寮がなく、2軍の本拠地・山形でアパートを借りる生活だった。

 楽天で1軍に初めて上がったのは、ようやくの07年。楽天初年度の選手では最後だが、対左腕の通算打率2割9分。今や「左キラー」の異名を持つ。「右投手でも立ちたいのは本音。でも、まずは自分の仕事です」と律義に言う。10年目を迎えた。「契約金ゼロ選手」としても、「オリックスから楽天に分配された選手」としても、最後の1人。スタートより、過程と結果。中島のプロ野球人生が証明している。【古川真弥】